随分分厚いバリケードだな、と、アルヴィンは密かに思っていた。
指名手配犯の精霊の主(自称)と医学生、人探し中の少女に傭兵の自分。そこに身元不明の少女とぬいぐるみ、さらに元名軍師の現執事まで加わって、奇妙な組み合わせの旅は賑やかになってきた。
最近加わったぬいぐるみの少女は仕方ないとしても、もう一人の少女がいまだ、こちらを警戒して近寄ってこない。そこそこ世間話をする程度になってはきたが、彼女自身についての話は収穫ゼロであった。
「チハヤちゃんさ、俺にだけ何か冷たくね?」
「別に、そんな事ないです」
と、言いつつも、一定の距離から先には近付かない。会話の中でさりげなく彼女の身の上を聞いても、そんな弱い攻撃で分厚いバリケードを壊せるはずもなく。かといって、それを吹き飛ばすような強力な攻撃手段も――彼女の事を詳しく知らないのだから当たり前かもしれないが――持ち合わせていない。
さてどうしようかと様子を窺っていた時、それは起こった。
「………ん?」
いつものように体力回復にとグミを食べようと共同のグミが入った袋を探っていた時、アルヴィンは違和感に片眉を上げた。
「(足りない…?)」
前の街を出発してから1日。補充したグミの数と食べたグミの数が合わない事に気が付いたのだ。
買い出しでグミを買ったのも、ここに来るまでに袋を管理していたのもアルヴィンだったので、取り出した数も覚えている。しかし、今袋の中身は計算していたのより少ない。
袋に穴なども見付からない以上、誰かが勝手にグミを食べているとしか考えられなかった。
「…寝てる間に、見張りの奴が食ったのか?」
幼いエリーゼには見張りは任せていないから、それ以外の誰かがつまみ食いをしている事になる。
ローエンがつまみ食いなぞするだろうかとも考えたが――想像して吹き出しそうになった――一応全員疑うべきだろうと、アルヴィンは今夜から道具袋を監視する事にした。
・・・・・
「アルヴィンさん、交代しますよ」
「ん?ああ、悪いな」
もそもそと薄手の毛布を羽織って言うチハヤに、アルヴィンは礼を言って立ち上がる。
「……悪い、俺、ちょっと生理現象」
「…そうですか」
「そんなに睨むなよ。ちょっと行ってくるから、荷物頼むわ」
じとりと見上げてくる視線に苦笑して、グミ入り袋を置いてそそくさと野営場から離れ手近な木の影に隠れて様子を窺う。
「あの嬢ちゃんがつまみ食い犯だったら、1回でケリついて楽なんだがね…」
ぷわりと欠伸を1つ溢し、アルヴィンは遠くに見える小さな姿を見つめた。
毛布を被って呑気に丸くなり、しかし視線だけは絶えず周囲に回されている。時折毛布から腕を伸ばして焚き火に木の枝を放り込む以外、特に目立った動きはない。
「…こりゃ、シロかな」
彼女が無実だとすれば、犯人は十中八九ミラだろうと思いつつ戻ろうとしたアルヴィンの前で、チハヤが再び腕を伸ばす。
今度その五指に掴まれたのは、枝ではなくグミ入り袋だった。
「………!」
息を飲んでアルヴィンが凝視しているとも知らず、チハヤは周囲にちらちらと目を遣りつつも手にした袋に躊躇なく手を突っ込み、小さな指で小さなグミを摘まんで取り出した。
煌々と燃える火に照らされて赤く光る半透明のそれが、小さく開いた口に入っていく。
「はあ…マジかよ…」
もぐもぐとグミを頬張るその顔は、見た事がないほど綻んでいて。よほど嬉しいのか微かに上気した頬が焚き火の炎に照らされる。
ちらちらと周囲を警戒するのは忘れずに、チハヤの手は2個、3個とグミを摘まむのを止めない。
「……おいしい」
にこにこもぐもぐと、食べながら幸せそうに小さな声で呟かれたのを聞き、アルヴィンは脱力して木の幹に寄りかかった。
「そんな幸せそうに食べられちゃ、怒るに怒れねえわ…」
結局、アルヴィンは戻っても何も言わず、チハヤも何事もなかったかのように袋をアルヴィンに突き返し、その日の夜は更けていった。
・・・・・
「チハヤちゃん、ほい」
「…何ですか、これ」
次の日、辿り着いた街の宿で、チハヤはアルヴィンから小さな袋を渡された。
眉根を寄せて訝しげに見上げる彼女に目元を緩めながら、アルヴィンは周りに聞こえないよう声を潜めて囁く。
「それやるから、もう皆のグミ食べるのはなしな」
「…え………?」
ぽかんとするチハヤに彼は袋を開けろと促す。
言われるがままにそっと袋を開け、中身を見たチハヤの顔に一気に朱が差した。
その顔の色が、昨夜彼女が口に運んだグミの色にそっくりだと、アルヴィンはそっと思った。
「…い…いつから……」
「ん?昨日。見張りしながら食ってたろ」
「あ…あの、その……」
しどろもどろになり、視線をあちこちにさまよわせるチハヤに、にやにやとわざとらしく笑ってみせ、
「いやあ、チハヤちゃんがグミ大好きだなんて知らなかったわ。ニッコニコで食ってたもんなあ」
あれくらい普段から笑ってみたらいいんじゃない?とからかえば、真っ赤になりつつも目を見開きこちらを見る顔は、見た事がないもので。
――次は、どんな顔を見せてくれるのかね、この子は。
そんな思いをどうかこの聡い少女に悟られませんようにと祈りつつ、アルヴィンは握られた拳の攻撃を軽々とかわした。
バリケードが歪んだ日
end
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タイトル元:群青三メートル手前