微かに震える指先が、伸ばされては引っ込められる。
それを数度繰り返して、チハヤは詰めていた息を吐き出すと数歩後ずさった。

「…どうしよう」

ひとりごちて、指を伸ばしていた方向と自分の手元とを交互に見遣る。
目の前には、郵便屋のマークが描かれた小さなレンガ造りの小屋。
手元には、文字が書かれ小さく折りたたまれた紙。
小屋の中に張り巡らされた止まり木の上でこちらを見る白い羽の鳥を見つめ返し、もう一度と細い指先がその鳥に伸ばされた。
触れるか触れないかというところで、仕事かと鳥は飛び上がってチハヤの腕に乗ろうとする。

「あ、わ…っ!!」

間の抜けた声を上げ、出すのにかかった時間の倍以上の速さで手を引っ込め、チハヤは慌てて鳥小屋に背を向けて走り出した。
逃げていった恐らく依頼人に、何かと目を丸くして鳥が再び元いた位置に戻り、他の仲間と身を寄せ羽根を整え始めた時、

「どうしたんだ?走ったりして珍しいな」

鳥小屋から遠ざかった場所で、自分にかかった声にチハヤはゆっくりと振り向く。
ひらりと手を上げるアルヴィンの姿を認め、微かに目元を歪めた彼女に彼はもう一度「どうした」と問う。
きょとんとした目は窺うように肩で息をするチハヤを映していて、一部始終を見られていたわけではないととりあえず安堵した。

「別に、何でもないです」
「郵便屋からダッシュで出てきてぜえぜえいいながら言われてもねえ」

ぱちりと片目を瞑り一言、アルヴィンはチハヤが両手で抱えた紙を視界に捉える。

「手紙か?」
「………ええ、まあ」
「何だよ、それなら俺の鳥、貸してやったのに」

おいで、と、チハヤの手を引いて、アルヴィンはチハヤが走ってきた方向を逆走し鳥小屋に戻って行った。

「ここに俺の鳥、いるから」
「………?」

あれあれ、と、アルヴィンが指さす方をチハヤは見上げるが、彼女の目には全部同じ白い羽のシルフモドキにしか見えない。
仕方ないと軽く肩を竦めて彼が腕を掲げて口笛を小さく吹くと、即座に小屋の隅の白い塊の中から鳥が1羽飛び出してきた。
はたはたと腕に止まったそれの頭をアルヴィンの指が優しく撫で、次いでチハヤの前にそれが差し出される。

「ほい、手紙結んで」
「え?あ…そうですね…」

おそるおそる、じりじりとチハヤは鳥と距離を詰め、しかしその手の先は鳥との距離を縮めない。握られた封筒が軽く皺を刻んだだけだった。

「どうした?結び方わからない?」
「…えっと…」
「………。ほれ」
「ひあっ!?」

ずいと目の前に差し出された白い羽の塊に、チハヤは悲鳴に近い声を上げて両腕で顔を覆う。
その様子にアルヴィンは口元で緩く弧を描き、鳥を引っ込めながら彼女に問いかけた。

「鳥、怖い?」
「…怖くは、ないです」

ただ扱いがよく分からないのと、鳥が腕に止まっても大丈夫だろうかという心配だけだ、とチハヤは言う。
それは半分怖いと言っているのと同じじゃないかという言葉を飲み込んで、アルヴィンは鳥を乗せたままの腕を軽く上下させる。

「で、どうすんの?その手紙」
「………」
「…冗談だって。ほら」

じっとアルヴィンと鳥を交互に見るチハヤに笑みを漏らし、結んでやると手を出せば、たっぷり数十秒の間を置いて漸く皺の増えた紙が渡された。

どれだけ強く握っていたのだろうか。
それだけ鳥が怖かったのか、否、その恐怖よりも手紙を届けたいという思いが強かったのだろう。
そこまで彼女に想われる、この手紙の宛先は果たして誰なんだろうか――

「…アルヴィンさん?」

おずおずとチハヤが呼ぶ声に、このままこの紙を握り潰したいという思いはいくらか萎んでいった。
――握り潰したら握り潰したで、彼女がどんな反応をするか気にならないわけでもなかったが。

「悪い悪い。…で、この手紙の宛先は?」

慣れた手つきでいつものように鳥の足に紙を結び付け、アルヴィンは抑揚なくチハヤに尋ねる。
彼の腕の上では小さな白が、今か今かと飛び立つのを待っている。

「………」
「…チハヤ?」
「やっぱり、いいです」
「はあ?」
「飛ばさなくていいです、すみませんでした」

一気にそれだけ言って、チハヤはそのままアルヴィンに背を向けて元来た道を足早に戻っていった。
残されたのは小屋の前で呆然と立ち尽くす茶髪と、その腕で主人を窺う白のみになる。

「…お役御免だとよ」

ぱちくりと瞬きをする鳥を優しく止まり木に戻してやり、アルヴィンは大分小さくなった赤い背中を見送りながらため息を1つ吐く。

しかし、鳥を飛ばさずにこれを自分が持っていれば、彼女の想いが相手に届く事もなかろうと、微かに浮上した気持ちが彼女を止める事はせず。

「何を考えてるんだか、あの気まぐれ子猫ちゃんは」

苦笑交じりに呟いた彼の手には、皺の残る紙が1枚、握られていた。








「…まあ、読まれなくてもいいか」

そう呟いた彼女の手には、咄嗟に千切った紙が――

彼の名前が書かれた宛名の部分が、握られていた。





君に、預ける





「3日、かかったんだけどなあ」

苦労して彼への気持ちを綴った手紙の行く末をぼんやりと考えながら、チハヤは自分用に鳥を買えないか交渉しようと、郵便屋に足を向けた。




――――――――――

タイトル元:群青三メートル手前



(恋文の日ネタだったもの)
2013.5.25

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