捧げ物 | ナノ
愛す故に甘く…… 1/4


クソ……ッ

クソ……ッ!!


どうしてだ……どうしてなんだ……!!?



「クククッ。流石に動揺しているようだな、孫悟空」

「てめぇ……ッ!!!」


ベビーはオレを見ながらクツクツと笑う。

研究室らしいその部屋には……



「ヒロインッ!!!!」

その憎い敵、ベビーの前に立ち塞がる最愛の人……


『ダメだよ、悟空……ベビー様に逆らっちゃ……』

オレの……最愛の妻のヒロインが、両手を広げてベビーを庇っていた。




愛す故に甘く……




「ヒロイン……なんで……」

なんでここに……!?
戸惑いを隠せないオレに彼女は口を開く。

『あら……愛する妻がここにいちゃいけないの?』

何時もとは違う彼女の雰囲気。


ーー……ヒロインはベビーに操られていた。



「そこをどいてくれヒロイン。オレは後ろのクソ野郎に用事があるんだ……ッ!!」

『悟空。ベビー様にそんな口の利き方しちゃダメだよ?』

ヒロインはそう言って笑う。

いつもの笑顔に孕む……



ーー狂気。



「っ……」

その歪んだ笑顔にオレは膝の力が抜ける様な錯覚を受けた。

笑顔のヒロインはカツカツと靴音を鳴らしてオレに近づくと赤い体毛の生えた肩を指をあてる。


『ベビー様は、ツフル化計画の完成に忙しいの。そんな素晴らしいお考えに反抗して、これ以上ベビー様のお時間をとってはダメ……いい?』

「ヒロイン……ッ!!」

『それとも……姿が変わって、自分の妻の言うことも、分からなくなっちゃったのかしら……!?』

ギュッとヒロインはオレの手を強く握る。

これじゃ、ベビーに近づくことは出来ない。


でも、武術も何もやってないコイツの強くなんてたかが知れている。

オレが軽く腕を振れば、その手を振り払う事も簡単で……


だけど……


『悟空なら私の言ってること、分かってくれるよね……?』


振り払えない……

振り払えば、きっとオレはヒロインを傷つける……。


ヒロイン。

恋愛に疎かったオレを……初めてその気にさせた女。

最愛のオレの妻。

……完全にオレの惚れた弱みだった。



「ヒロイン……」

『なに?』

「離れてくれ……オレは、そのベビーに用がある」


許さねぇ……


『ダメ。そうすれば、悟空はベビー様を傷つける気でしょ?』

「オレは……ッ!!」


許さねぇ……!!


「おいおい孫悟空。お前の愛しの妻がそう言っているんだ。その願いを聞き取ってやれ、クククッ」

『ホント、聞き分けないよね悟空って……
……いい加減に理解してよ。サイヤ人のお猿さんは、言葉の理解も出来ないのかしら?』

「ぐ……ッ
ベビー……ッ!!貴様ぁあああッ!!!」


許さねぇ……ッ!!
絶対許さねぇ……ッ!!



ヒロインをいいように操りやがって……ッ!!!


……ッ!!


ーー殺してやるッ!!



「殺してやらぁああッ!!!」

『ッ!?』

柄にもないオレの咆哮にヒロインは目を見開く。


その顔にはうっすらと恐怖が滲んでいて……


「……あっ」

しまった……怖がらせちまった。


そう思う間もなく、ヒロインはグッと体を寄せて
オレを押さえつけた。

焦った様にヒロインは口を開く。


『ベビー様!!ここはツフル化計画を進める上で大切な場所……1度ここからお逃げ下さい!!私が時間を稼ぎます!!』

「く……ッ!!」

オレの気迫に押されたのかベビーは苦い顔をしながらも素直に建物を出ていく。


クソ……逃げられちまう……!!

だけどヒロインを無理矢理引き離す事なんて出来ない……


ベビーのヤツ……オレの弱みに手を出しやがって……!!




……。


やがて訪れる静寂。



まだ抱きつき身動きを封じてくるヒロインをなるべく傷つけないように、オレは彼女の肩に手を置くと言葉を口にする。


「ヒロイン、頼む……離れてくれ。オレはやらなきゃいけない事があるんだ。」

だがヒロインは首を横に振った。

『嫌よ。絶対に離れない。ベビー様は私の手で守り抜くの』


ベビー……様……か。


「ヒロイン。オレの言うことを分かってくれ」

『……嫌よ。』

「頼む……!!」

『うるさいっ!!悟空こそ、私の言うことを理解しなさいよ!!』


側で響く、ヒロインの絶叫にも聞こえる不満。

ヒロインの抱き締める力が強くなる。


「……いてぇよ、ヒロイン。」

でも痛むのは体じゃなくて……心で……




滅多にしないくせに……

なんでこんなところで……


「なんでこんなところで……夫婦喧嘩、やってんだろうな……オレ達」

悲しくなって、オレも無意識でヒロインの体を抱き締めた。



『……。』

側で何かを言おうとヒロインの息を吸う音が聞こえる。

でもその言葉は何時まで待っても聞こえてこなくて……


オレの頭に色々な感情が溢れてはじけた。


ベビーに対する怒りと憎しみと殺意……。
ヒロインに対する悲しみといとおしさと……。

どうすることも出来ない自分への失望……。
周りからの期待と敵意……。


オレの知っているヤツのほとんどは、敵になった。

オレの愛する、コイツさえ……。


ベビーの殺意が増せば増すほど、ヒロインをどうすることも出来ないという絶望が大きく膨らんでいく。


いっそ、もう……

何もかも……投げ出してしまおうか?


ヒロインと一緒に、操られてしまえば……

狂ってしまえば楽になるだろうか?



「ヒロイン……」

幾度となく、オレは愛する人の名前を呼ぶ。

オレはヒロインの顎をあげると、彼女の唇と自分の唇を重ね合わせた。


『……ん……ぅ……』

何度も何度もキスを繰り返す。

舌を入れてやれば、操られているくせに顔を赤くして甘い息を漏らすヒロイン。


もしも……

もしも……これで皆みたいにオレもベビーに操られてしまうのなら……
オレもツフル人の1人になってしまうのなら……

それでもいいのかもしれないと、不思議とそう思った。



きっと最愛の人が操られていなければ、そうは思わなかったのだろうけど……

あぁ……もう……


……どうでもいい。


ただただ、オレはヒロインとのキスに酔いしれる……。



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