嫉妬しちゃうよ
「ねぇ日野原さん、これ、郷田さんに渡しといてくれる?」
呼ばれたのはあたしじゃないけど、自分の名前が聞こえて思わず反応してしまう。
「うん、分かった」
読書をいったん止めてプリントを受け取るカナノの横顔は、春の陽射しを受けてきれいだなぁ、なんて。
高校二年生になって約一ヶ月。未だにあたしはクラスになじめないでいた。……まあ今に始まったことじゃないけど。もう慣れちゃったけど。……本来なら慣れたくないけど!
どーしてか、あたしのこの“郷田”という苗字には怖いという先入観があるらしい。だからって熊を素手で倒すって尾ひれがつくのがまったくもって意味分かんないけど。昔、本当に小さい頃は空手習ってたけど、今はやってないし、帰宅部なのに。
そして幸か不幸か二年になってもカナノと同じクラスになって、一年生の時から引き続きあたしに用事がある人はカナノを通してやりとりするようになった。もしカナノと違うクラスだったら、いやでもあたしに用事がある人はあたしと話さなきゃいけないし、そうしたら誤解も少しはとけるのかな? とか考えてみたこともあるけど、カナノと一緒にいられるほうが幸せだからまた同じクラスになれたほうがもちろんうれしいよ。
「はい、これ。カナエちゃんにだって」
「ん、ありがと」
さっそくさっき受け取ったプリントを持ってきてくれたカナノに、思わず顔がにんまりする。
「直接渡せばいいのにね。今、私とカナエちゃんしか教室にいないし、私の席のほうが遠いのに」
カナノの読書を中断させちゃうし、わざわざ手間かけさせちゃうしね。そこは申し訳ない。でも、カナノがこうしてあたしの名前を呼んでくれたり、会いに来てくれるのは正直うれしい。……でも。
「ちょっと嫉妬しちゃうな」
「……普通に誰かと話ができるのが?」
「まあそれもうらやましいけど、みんなカナノに話しかけるのが」
あたしが言うのもなんだけど、カナノもクラスでは少し浮いてる存在だった。でも今では、主にあたしに用事がある人がだけど、カナノに話しかける人も多くなってきた。
「どういうこと?」
意味が分からないらしく首をかしげてるカナノに、放課後で教室にも廊下にも誰もいないことを理由に、少し大きな声でにっこり笑って言ってみる。
「だって、カナノはあたしのだもん!」