Ferris wheel


 多分、これは夢だ。どうしてそれが分かるか、なんて決まってる。踏みしめる地面の感触がない。現実味というものが欠片も存在しない。
 そもそも会長と遊園地に来ているというシチュエーションがありえない。
 自然発生的に親衛隊ができあがるほどの人気を誇る、学校の王子様。そんな彼に絡んだ行動は、常に人目を気にしなければいけないのだ。それこそ、ちょっとした外出を共にするのだって、変装をするほど。
 過剰と言われればそうなのかもしれない。だけど、痛い目に遭うかもと事前に分かっているなら、それが小さな痛み――例えその苦痛がタンスの角に小指をぶつける程度のものであったとしても、回避したいのが人の性じゃないか。
 いや、タンスの角に小指は凄く痛い部類に入るから、あんまり例えにふさわしくなかった。
 ――あ、会長が何か言ってる。
 夢中のお約束よろしく、ふわふわと水中を通して見るかのようなパステルの風景。音は不鮮明で、しかし意味するところは分かる。勉強という義務から一時解放され朗らかにすら映る会長は、あるアトラクションを指差していた。大空に天辺を絶えず浸しながら回る巨大な観覧車。その名前を口にする前に。

 目が覚めた。
 なんて事はない、見回してみればそこは何時もの場所。放課後の生徒会長室である。
 一度伸びをしてから体を起こすと、もはや定位置と化しているソファに座りなおした。ずり落ちかけた毛布、それがかけられているのも何時ものこと。視線は自然と、もう一人この空間に居るべき相手を探している。とは言え手狭な部屋だから、苦も無くあっさりと見つかった。
 そしてなんと珍しい事に、彼の完全無欠な生徒会長はうつらうつらと舟を漕いでいる真っ最中だった。
 なんて珍しい。親から強いられている節はあっても、今の高得点を維持できているのは他の誰でもない、会長自身の努力の賜物だ。だから疲れれば手を休めたりはするけど、勉強の真っ最中は声をかけるのも遠慮するくらいの集中力なのに。
 なるべく音を立てないよう立ち上がって歩み寄る。シャーペンを持った手で頬杖を突いたまま、細い寝息を立てている相手。無防備だ、すごく。写真でも撮ってやろうかな。
 そんな出来心とは裏腹に、指一つだってひたりと動かせない自分に気づく。部活に精を出す生徒達の声は遠く、チャイムが鳴る時間じゃないし、第一この部屋では二人っきり。
 どうしたって、静かだ。ガラスの上を歩いてるみたいな。
 そんな葛藤に囚われて、どれくらい経っただろう。す、と一瞬呼吸のリズムが変わって、ゆっくりと薄い目蓋が開いた。未だ夢に片足をつけたまま、会長は定まらぬ視線で確かに何かを見据えている。唇が、かすれた言葉を紡ぐ。
「……観覧車、だ」
 比喩表現抜きに。
 心臓が、高鳴った。
「え、会長。今、なんて?」
「ん……何がだ?」
「聞いてるのはこっちです」
「分からねぇもんには答えられないだろ」
 起きてから言ったものは寝言の内には入らないだろうけど、さっきのは限りなくうわ言に近いそれだったらしい。なんて聞いたらいいものか返しあぐねて結局、追及は諦める事にする。
 体を捻って此方を見上げてくる会長の目には、もう眠気など微塵もない。代わりに楽しげな表情で私の手を取ると、引き寄せたこちらの指先に唇を寄せてみせる。
「ちょ、くすぐったいですって」
「くすぐったいだけかよ」
「……会長は私に何て言ってほしいんですか」
「知ってるくせに」
 ほんの少しだけ大人びた会話を交わして、秘密めいた笑みを交換して。もしかしたら今だって、さっきの夢の続きかもしれない。
 ――上っては下りて、巡って繰り返して。二人きりの観覧車。
 夢に好きな人が出てくるのは、相手も憎からず自分を思っていて、だから夢にまで通ってくるっていうポジティブな考え方をしてたのって平安時代だっけ。夢路を通う。今じゃまるっきり逆で、夢を見る方がその人を意識してるからって言うけど。ほんとの所はどうなんだろう。
 どちらかは分からない、だけど、観覧車には――いつか二人で乗ってみたい。

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