優毒な彼の熱に浮かされて


最悪だ。

目を開けると、ぼんやり視界がにじんだ。

せっかくの日曜日なのに、風邪を引いてしまった。日曜日なのに風邪を引いてしまったことじゃなくて、今日は美人くんとデートの予定だったから、申し訳なくて、残念で。さっきごめんねってメールは送ったけど、返信は来ていない。最近あんまり会ってなかったから、すごく楽しみにしてたのに。美人くん、もしかして怒ってるかな。でもごめんね、この状態じゃさすがに会いに行けない。風邪うつしたら悪いし。

今日、家には私ひとり。お母さんは友達とどこかへ美味しいものを食べに行ってて、お父さんは先週から仕事でいない。帰ってくるのは来週だって聞いた。
お母さんには風邪を引いたのがばれてやっぱり行かないことにした、なんてなったら嫌だったから、まだ眠いからもう少し寝るって言ってなんとか誤魔化した。だってお母さん、久しぶりに友達に会えるってすごく楽しみにしてたから。それに私、もう高校生なんだし。自分のことくらい自分でできる。

みんな出かけた後にキッチンに降りたら食べ物が何もなくて、近くのコンビニまでレトルトのおかゆでも買いに行こうかなと思ったけどふらふらするからやめた。瑠姫にお願いして買ってきてもらおかな、と考えてそういえば今日は瑠姫が楽しみにしていた本の発売日だったのを思い出す。大好きな作家さんで、前からすごく楽しみにしていたからそれを邪魔するわけにはいかないよね。

熱はさっき計ったら37.6度、咳は少し出るかな。あとはちょっとふらふらするくらいで、そんなに重病ではないよ。
風邪薬は一応市販のはある。少し寝たら楽になるよね。そしたらお昼を買いに行けばいっか。

でもせめて、美人くんからの返信が来るまでは起きてようと頑張ってたんだけど、いつの間にか眠ってしまった。


  * * * * *


「……ん」

今、何時かな。そろそろお昼かな?
目が覚めてすぐ、人の気配を感じた。重い瞼をこじ開けると、私に背を向けてベッドに誰か腰掛けて……。

「えっ、あれ……? 美人、くん……?」
「っ、びっくりした。なんだよ、起きてんなら言えよ」
「ご、ごめん……。……あの、なんで美人くんが、ここに……?」
「勝手に上がったのは悪かったけど、誰もいねぇんだったら鍵くらいかけとけよ。ったく、お前はそんなだから……」

なんで私の家にいるのかは答えずに、ぶつぶつ言いながら立ち上がって部屋を出て行った。ばたんと乱暴に閉じられたドアをしばらくぼーっと見つめて、お茶出さないとなと思って起き上がったら布団の上に何かが落ちた。

「おい何起きてんだよ。病人は寝てろっつの。そんなんじゃ治る病気も治んねーぞ」
「う、うん……」
「今おかゆあっためてくっから。それまで大人しく寝てろ。ほら水」
「……ありがとう」

ベッドから出ようとしたら、美人くんが戻ってきた。乱暴に、でも力は加減してベッドの中に押し戻された。ひんやりしたものが額に触れて気持ちいい。このタオル、美人くんが絞ってくれたのかな。
枕元に置かれたのはミネラルウォーターのペットボトル。……こんなの、家にあったかな。それにさっき、おかゆって言ってたよね? 少し寝て楽になったら買いに行こうと思ってたはずだけど……あれ?

「ほら、おかゆ。さっさと食って、さっさと薬飲んで寝ろ。んでさっさと治せ」
「……ありがとう、美人くん。いただきます」

少しして美人くんはおかゆを持って戻ってきた。そういえば、朝起きてから何も食べてないんだっけ。思い出したら余計にお腹が空いた。

「ごめんね、わざわざ来てくれたのに何もできなくて」
「……はぁ。何言ってんだよお前……こういう時くらい素直に甘えられねーのかよ」
「おかゆとかも買ってきてくれてありがとう。あとでお金払うね」
「あーもう! んなもんどうでもいいから早く治せっつってんだろ! ほんとになんなんだよお前は……」

乱暴に言い捨てて美人くんは背中を向けてしまった。……照れ隠し、なのかな? 思わず笑っちゃったらでこぴんをされた。痛いよ美人くん。

「ごちそうさまでした」
「んじゃーはい、薬。と水」

おかゆを食べ終わったら奪うようにして食器を持っていかれて、代わりに水と薬を手渡された。
美人くんの強引でちょっと乱暴な優しさが、いつも以上にうれしい。

おかゆや薬を買ってきてくれたり、タオルを絞ってくれたり、そばにいてくれたり。お世話になりっぱなしだなぁ。あとで何かお礼をしないとな。……もちろん、元気になったらね。

「こういうの、慣れてるの?」
「まあ。弟が病気がちだからよく看病とかしてるし」

食器を片付け終えて戻ってきた美人くんは、今はタオルを絞ってる。……すごく、手馴れてる感じがした。

失礼だけど、普段の美人くんからはなんだか想像つかなくて意外だった。そういえば美人くんには弟さんがいるんだっけ。知ったのはつい最近。あんまり美人くんは自分の話をしてくれないから、まだまだ知らないことが多い。無理に聞こうとは思わないけど、もっと知りたいなって思う。

「そっか。弟思いなんだね」
「……いいから早く寝ろ!」
「わ、つめたっ」

絞り終えたタオルを顔にかけられてびっくりする。タオルをめくるとほんのり顔が赤い美人くんと目が合った。

「……ねえ、美人くん」
「あ? なんだよ」
「私のところにサンタさん来るかなぁ?」

高校生にもなってサンタさんを信じてるなんて笑われるかな。でも私は今でも信じてる。絶対いるよ、サンタさん。今頃準備に大忙しなんだろうな。

「来る来る。ぜってー来る。俺が保証する」
「じゃあ、安心だね」
「……おう」

ぽんぽん、と頭を優しく撫でられて嬉しくなる。ほんの少しだけ、美人くんが笑ってるように見えたのは気のせいかな。
私の髪を撫でる美人くんの手つきが優しくて、心地よくて、だんだんうとうとしてきてしまう。早く寝て治せって美人くんは言ってくれたけど、せっかく美人くんと二人だから、いろいろお話したいなぁ、なんて。

「あ、そうだ」
「今度はなんだよ」
「風邪、うつっちゃったらごめんね」
「……ばーか。いらん心配ばっかりすんな」

優しい罵倒を聞く前に、私は眠りに落ちてしまったようで。

次に目が覚めた時には既にお母さんが帰って来ていて、美人くんの姿はなかった。

(そうだ、今度いつデートするか、聞くの忘れちゃったな)

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