出会い


「あれっ?」

ここだ、と思って入った病室には僕の知っている人はいなくて、思わず変な声が出た。平日の昼間ということで人の少ない清潔な病院の廊下に声が反響する。

「どうかしたんですか?」
「え、あー……すみません、間違えました」

いちばん手前のベッドで雑誌を読んでいた男の子が雑誌から顔を上げる。少し色素の薄い髪に、きれいな飴色の瞳。パッと見僕と同じくらいの年か、少し年上くらいに見える。

「迷子ですか?」
「……そ、そうです」

雑誌を閉じて枕元に置きながらストレートに尋ねられて認めざるをえなかった。……その通りです、迷子なうです。

今日僕が病院に来てるのは、風邪とか病気じゃなくて。少し前にお母さんから、いとこのお兄さんが入院したから、いつもお世話になってるんだしお見舞いに行きなさいよと言われて、今日学校が職員会議で午前授業だけだったからついでにここに来た、ってわけ。電車で二駅離れてるからついでって距離でもないか。お母さんと来れば電車賃も浮いたんだけどね、お母さんの休みは結構不定期だから。
ていうかいとこのお兄さん、小さい頃はよく遊んだけど今じゃほとんど会う機会なくなっちゃったなぁ。最近会ったのなんてお正月にお年玉もらったくらいだよ。
駅から病院まで来るのにもかなり迷った。駅に着いたのは十二時半くらいだったのに病院に着いたのは一時半頃。地図を見ると徒歩十分らしいから、どれだけこの短い距離に迷ったんだろうね、自分。いつものことながら自分に呆れる。

「どこに行きたいんですか?」
「えーと……」

制服のポケットをあさってメモを取り出す。一応受付で部屋は聞いてきたんだけど、途中でまた迷って適当に歩いてたら分からなくなっちゃった。メモを差し出したら少し考えて手招きされたので、ありがたくお世話になろうと思います。ありがとう、初対面なのに。

「この辺じゃ見ない制服ですけど、お姉さんどこから来たんですか?」
「僕、電車で来たから……って、お姉さんてなに。そんなに歳離れてないと思うけど……」

男の子に連れられて半歩後ろを歩いてたら男の子の方が口を開いた。お姉さん。なんかむずむずするね。
僕がそう答えるとその男の子は一瞬足を止めて振り向く。

「ちなみにいくつですか?」
「十六歳。高一。……君は?」
「……十七」
「えっまさか僕の方が年下……うわぁ、ごめんなさい……慣れ慣れしくちゃって」
「いや、平気だけど。気にしてないし。……むしろ俺の方こそ、あなたのこと中学生だと思ってた」

顔から火が出るかと思った。まさかの先輩だったとは……。うわぁ申し訳ない。
怒らないの、って聞かれたけど、身長が小さいからよく間違われるしもう慣れた。そりゃあ内心少しはむっとはするけどね。

エレベーターに乗って上へのぼる。まさか階まで間違ってて自分どれだけ馬鹿なのと思ってたら、棟が違うそうで。あ、なるほど。普段病院なんて近くの小さい病院にしか行かないし、こんなでっかい病院分かるわけないよ。偶然だったけど優しい人に会えてよかった。多分あのままだったら面会時間が終わるまで辿り着けてなかったと思う。

「あの、もしよかったら名前、聞いていいですか?」
「敬語じゃなくてもいいよ、タメで。俺は八重崎麻季」
「あ、じゃあ……八重崎くん、ね。それとも先輩の方がいいかな? 僕は小鳥遊奏乃。えーと、よろしく、かな?」
「小鳥遊、ね。ていうか下の名前でいい。呼び方もなんでもいいし」
「んー、じゃあ、麻季くん! 僕も下の名前でいいよ」

八重崎麻季、くん。忘れないように頭の中で復唱する。麻季くんには本当に助けられたから。もしまたここに来る機会があったら、その時は麻季くんのところに行こう。あ、でも今回麻季くんのところに行けたのは偶然だったし、次もまた偶然行けるかな。今案内されてるいとこのお兄さんの病室だって覚えられる自信がない。この病院広すぎでしょ。

「ここ、だと思う」

麻季くんが立ち止まった病室のネームプレートを確認すると、あったあった、お兄さんの名前。

「ありがとう! 本当に助かった……僕ひとりだったら絶対今日中に辿り着けなかったよ……」
「いや、別に。この病院広いからね。でも奏乃みたいに棟すら間違った人は初めて見た」
「あっははー……」

だってここ、初めて来たんだもん。大きな病気も生まれてしたことないからこんな大きい病院なんて来たことないし……。

それじゃ、と手を振って立ち去ろうとした麻季くんを慌てて呼び止める。待って、親切に案内してもらったのに。お礼してないなんて。

「えっと、これ、今日のお礼。今日は本当にありがとうね」
「あ、いや、こっちこそ。別に気遣わなくてもいいのに」

気を遣わなくても、って言われてもいつも常備してる飴でごめん。あいにく今これしか持ち合わせてなくて。途中の売店でジュースでも買えばよかった。

「ごめんね、こんなので。もしよかったら、またお見舞いに来ると思うしその時は麻季くんのとこに行ってもいいかな?」
「……迷子にならなかったらね」
「うーん……迷子にならない自信はないな。じゃあ、今日は本当にありがと!」

病室に入ったら開口一番「奏乃ったら何にやにやしてるの?」なんてお兄さんに聞かれた。
そしてはっと思ったんだけどさ、飴なんて渡して大丈夫だったかな……病気で食べれないとか、いろいろあるかもだし。今度会ったら謝っておこう。

何はともあれ、麻季くんと話せたのはすごく楽しかったなぁ。次はいつ来ようか。

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