片思いの片思い


「ただいまー」

部活終わって帰宅する頃は、いつもすっかり空が暗くなっている。今日も例外ではなく、玄関を開けた瞬間、既に晩飯の匂いが漂って来た。目で見なくても献立が分かる。きつく締め過ぎたスニーカーの紐を緩める最中も、カレーのスパイスが鼻奥を擽って、お腹がぐう、と間抜けに鳴いた。

「わん」

愛犬のちゃっぴーが駆け寄ってくる。尻尾をぶんぶん振り回して疲れが減少する気がした。
あ、やっと靴脱げた。
開放感に息衝くと、漸く周囲の音がクリアに聞こえた。いつもよりリビングが騒がしい。
そういえば明日から俺もお盆休みが三日間だけあって、親戚が集まるとか何とか、言われた気がするな。

「和希?」

背後からゆっくりとした足音が聞こえて振り返ったのと、近付いてきた張本人が俺の名前を呼び掛けて来たのがほぼ同時だった。

「とお、る、……さん?」
「さんって!他人行儀だな。昔は兄ちゃん兄ちゃん言って来てたのに」

確かに、
昔なら兄ちゃんと呼んでいた覚えがあるが、久々過ぎてさん付けしてしまった。会うのは、小学生以来じゃないか。
徹にいちゃんは、俺の再従兄弟に当たる相手だ。はとこ、って何だか遠い親戚のイメージで。本当、長期休みで親戚が集まるとか、そう言う時にしか接点ないけど。顔を合わせたらよく遊んで貰ってたことは覚えてる。
今は確かバンドで食べていってるらしい。らしい、と言うのは、噂でしか知らないからな。

「久しぶりだよなあ、大っきくなったじゃん。モテるだろー彼女できた?」
「い、いや、ンなことは」

久々に会った身内に色恋沙汰をぶっこまれると動揺した。家族に知れたら嫌だし恥ずかしいってのもあるけど、俺の場合は又特別で、友人にだって話した事がないんだから。

「カレー、食べよ?」
「、え、うん」

徹にいちゃんの声にはっと我に返る。
気付けば案外近い位置で顔覗き込まれててびびった。

「あとで話聞かせて。男同士語るのも悪くないだろ」

えらく短く剃られた眉が垂れてくしゃ、と笑われる。俺も犬みたいって言われるけどそう言えば徹にいちゃんもその気があるような感じがする。


ーーふわふわする。

「和希」

親戚が集まった時の無礼講あるあるで。叔父ちゃんに酒を、と勧められるがまま口にしてしまったのがいけなかった。薄ら目を開けると見慣れた部屋の天井があって、ベッドに寝転んだ自分、を自覚する。
その傍ら、徹にいちゃんが床に座ってた。風呂上がりなのか、さっきよりラフなスウェット姿で黒い髪が濡れてる。

「徹にいちゃん」
「具合悪くない?」
「や、大丈夫…」

心配そうな表情に一気に罪悪感が湧く。久々に会った親戚を前になーに意識飛ばしてんだ、俺は。
起き上がると何だか気分が悪くて又シーツの中に埋まった。せめて時間を確認しようと指先を這わせて、手探りでスマホを引き寄せる。ホームボタン押して点灯した画面にはぽんぽんとアプリの通知が並んでて、その中にある名前に心臓が跳ねた。お盆休みゆっくりして練習頑張ろうな、とかそんな内容だった。他愛も無い其れに緩む口元を抑えられなかったんだろう。

「…好きな人?」
「っえ」
「図星だな、和希もお年頃ってやつか」

どんな人?クラスメート?そんな質問責め食らって苦々しく胸中に広がる感情。でも、でも、この人は学校には関係ねえし。唯一、言える相手かもしれない。俺だって好きな人について話したい時くらいあるんだ。
好きな人を思い浮かべる。

「小さくて睫毛長くて、可愛い感じ、かな。でもドラム叩く時はやっぱ凄い、ギャップがあって。俺が今の楽器志望した動機の人」
「凄え好きじゃん」
「先輩で、同性、なんだけど」

徹にいちゃんの目が丸くなったのが分かった。そりゃそうか。応援するよ、とポンと言えないような言葉を吐いてしまった。しかも、実は相手に恋人がいる、なんて。

「引いた?」
「や、なんつーか、びっくりした」
「ま、そう、ですよね」
「引いては無えよ」

頭にぽんと掌乗せてわしゃわしゃ撫で付けられた。

「ガキ扱いしないでください…」
「泣きそうな顔してるからさ」

まじか。ださい。
と言うか絶対俺酔ってるよな、と思う。なんか色んな暴露しまくって。それでも引かれない安堵よりあの人に、猫柳先輩にしばらく会えないのが寂しいって辺り重症だ。

「あー…こんな話して、本当すみません」

視線をじ、と注がれてることに気付いて寝返り打って俯せになる。枕に顔埋めて大きく息を吐き出す。身体が熱い。やらかしたと思ってるからかアルコールの余韻か、わからねえけど。
徹にいちゃんは何も言わなかった。というかかける言葉が無いように思えた。ただ髪撫でられる心地良さに次第に意識が遠のいていくのがわかる。ねみい。
目蓋はとっくに落ちてるけどぐちゃぐちゃな感情のみが残ってるような微睡みの中で、ふと旋毛に柔らかく口付けられた気がした。

「そんな可愛い顔するようになって。同じ男に取られてると思わなかった。起きたら忘れてると良いな」

其れは話の内容についてなのか、今のスキンシップの事なのか。わからない儘、記憶が途切れた。

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