演奏会の前の日


隣からしばらくもぞもぞと何度も寝返りを打ってるなという音が聞こえてきて、それが静かになったかと思うと突然勢いよく布団を捲り上げる音が聞こえた。

「寝られないから起きてよう!」
「おい」

そう言って立ち上がろうとする奏斗の腕をとっさに掴む。なにが起きてよう! だ。寝ろよ。
……そんな俺も寝られそうになかったんだけど、少しでも寝ないと明日きついぞ。

「あれ、音哉起きてたの? もう寝たかと思ってた」
「隣であれだけもぞもぞしてりゃな……」
「ごめんごめん」

俺も起き上がったのを見て、奏斗は部屋の電気をつける。目覚まし時計を見たら今の時間は一時半少し前。……明日、遅くとも六時までには起きてないとまずいんだけどなぁ。

「どっしよっかな」
「……なんか飲むか?」
「飲むー! ホットミルクがいいな!」
「はいはい」

布団を部屋の端に寄せてテーブルを準備する奏斗を部屋に残して、俺はキッチンへ向かう。

鍋で牛乳をあっためてる間、鍋の中の牛乳をずっとボーっと見てたんだけど、やっぱり睡魔は来なかった。それどころか目が冴え過ぎてて気持ち悪い。
いつもだったらこの時間には寝てるか、起きてても眠くなるはずなんだけどな。あんまり夜遅くまで起きてることは俺も奏斗もない。なぜならそういう風に体にリズムが刻み込まれてしまってるから。中学の時から部活のおかげで早寝早起きの健康的な生活をしていた。

あっためた牛乳を持って部屋に戻ってくると、奏斗は譜読みをしていた。戻ってきた俺に気付くと顔を上げて笑顔を見せる。

「あ、ありがとー音哉」
「おー」

テーブルに持ってきたマグカップを二つ置いて、奏斗の向かい側に腰を下ろす。
クリアファイルをたたんで横に置くと、早速奏斗はホットミルクに口を付ける。

「あちっ」
「ちゃんと冷ましてから飲めよ。お前猫舌なんだから」
「そうだった……。音哉も少し冷ましてから飲んだ方いいよ。舌火傷したら大変だからね」
「そうだな」

奏斗に言われて、マグカップを近づけて息を吹きかける。二、三回息を吹きかけて冷まして、口を付ける。俺は奏斗と違って猫舌じゃないからちょっとくらい熱くても大丈夫だ。でも火傷したらチューバ吹く時にやばいから油断はしないでおこう。
練習中に好きなものを食べたり飲んだり、本番前に仮眠しても大丈夫だったり、そういうところがパーカスは羨ましい。

明日……というかもう今日か。今日は定期演奏会がある。寝られないけど早く寝ないとまずいのはそのせい。
俺も奏斗も中学の頃からそうだったなぁ。コンクールとか、演奏会の前日は興奮してしまってなかなか寝られない。前日は長い時で一日、大体半日練習やってるから疲れてるはずなんだけどな。ちなみに昨日は半日。

本番を終えて、片付けも終わった後に一度奏斗が突然倒れたことがある。
どう見てもその日の奏斗は朝から元気だったからめちゃくちゃ驚いて心配したけど、寝不足(興奮して寝られなくてほぼ完徹だったらしい)と疲れと本番が終わって満足して倒れてしまった、とのこと。……馬鹿かこいつは。心配かけやがって。突然倒れた時は心臓止まるかと思った。

そんなことがあったから、一緒に住むようになった今、大切な日の前日は無理矢理にでも寝かせてる。
……とはいえ俺も寝られないのは一緒だから、こうして一緒に起きて少しなにか飲んだり食べたり、話をしたりすることもよくある。

今日はこれ飲み終わったら寝るつもり。こういう日は俺が運転だから寝ないとまずい。奏斗に任せると行きはよくても帰りが怖いからな。運転中に寝られたりしたら……。

「飲んだらちょっと眠くなってきたかも……」
「んじゃそのまま寝ろ」
「寝られたらいいんだけどなぁ」

俺も飲んでたら少し眠くなってきたかもしれない。

明日は午前中にリハーサル、昼食を挟んで午後から本番、片づけも含めて終わるのは夕方、で、夜は打ち上げ。って感じでほぼ丸一日動いてなくちゃならないから疲れる。打ち上げは楽しみだけどな。

「眠くなってきたから寝る」
「俺も寝るかな。俺これ片付けてくるから、テーブル片付けといてくれ」
「はぁい」

間延びした声で返事をすると、奏斗は大きな欠伸をひとつ。つられて空になったマグカップを持って立ち上がった俺も欠伸が出た。

せっかく眠気がきたんだし、水触ったら目が冷めそうだから片付けは後回しにすることにする。
流しにマグカップを置いて部屋に戻ると、テーブルは片付けられていて、自分の分を敷き終わった奏斗が俺の布団も敷いてくれてるところだった。

「電気消すよ」
「おー。ありがとな」
「んーん、どーいたしまして」

俺が布団に入ると同時に電気が消される。奏斗も布団に入って、また大きな欠伸をひとつ。

「おやすみ、音哉」
「おやすみ、奏斗」

隣からもぞもぞという音が今度はすぐに聞こえなくなったかと思うと、代わりに寝息が聞こえてきた。とほぼ同時に俺も意識を手放した。

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