慣れ過ぎた日常


目が覚めて、顔を洗おうと部屋を出た時の静けさに、そういえば今日はひとりだということを思い出す。
ひとり暮らしにしては広い部屋だと思うかもしれないけど、幼馴染と一緒にここで暮らしてるから、二人で住んでると思えばちょっと狭い。でもまあ家賃もそれなりに安いし、買い物には少し不便だが学校までそう遠くないから結構いいところを見つけたんじゃないかと思う。

顔を洗って、朝食を作ろうとキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けるとすっからかんだった。朝はなんとかなるし、昼も最悪外で済ませてもいいけど、夜を考えると買い物に行かないと。昨日、帰りは遅くなるとは言ってたけど、朝からずっと練習してきて帰って来たら何もないっていうのは酷だしな。

幼馴染のあいつ……奏斗は今日は朝から他の楽団の助っ人に行っている。一昨日くらいもどっかのサークルかなんかに助っ人頼まれてそっちに行ってた気がするな。
一緒に住んでても最近はほとんど顔を合わせていない。助っ人以外にも俺もバイトとかあるし。お互いの予定が合わなくて起きている間に顔を合わさない、というのもたまにはあること。

パーカスはどこも基本的に人手不足で大変そうだし、それに奏斗の腕があればあれだけ引っ張りだこなのも頷ける。それに、あいつの性格を考えるとよっぽどのことがなければ断ったりはしないはず。
俺も吹奏楽は好きだから、センスも知識も技術もある奏斗をすごいな、とは思うけど、嫉妬したりしたことはないな。センスとかだけじゃなくて音楽に対する姿勢なんかは純粋に尊敬するし、幼馴染として誇りに思ってる。

じゃあなんでこんなにイライラしてるのかっていうと、ここ数日奏斗とまともに顔を合わせてないからだった。
さっきも言ったように一緒に住んでるけどお互いの予定が合わなくて顔を合わさない、というのは今までも何度かあった。それは仕方ないし、一緒に住んでるんだからそのうちまた顔を合わせる日は絶対に来るのは分かっている。

……でも、今まではそれが数日だけだったから我慢できたわけで。それに、今回みたいに「まったく」顔を合わさなかったわけじゃない。行ってきますとか、おかえりとか。そういう挨拶くらいはすれ違いざまにしていたわけだし。
今回はまったくだ。俺が起きればあいつは既に練習に行った後、バイトから帰ってくれば深夜だからあいつは寝ている。ここ最近残業が続いて(その分ちゃんと給料は出るからな)帰りが遅い。吹奏楽にバイトに疲れてるところを起こすわけにもいかないから、帰ってきてそっと部屋に入って、あいつの寝顔を見て少しだけ癒される。それがここのところずっと。

本音を言えば起きてる奏斗に会いたい。欲は言わない、一緒にご飯食ったり、テレビ見て笑ったり、他愛のない話ができるだけでいい。

朝食を食べ終えて片づけをして、洗濯もして、掃除は昨日やったからいいかと思ってサボり。俺の部屋もあいつの部屋も楽譜が散乱しててそれを見たら面倒になった。

今日は土曜日、授業はないし、部活も今日はいろいろあってないらしい。バイトも夜からだし、かといって特に予定もないから暇だ。ちなみに今の時間は九時半を過ぎたあたり。
とりあえず冷蔵庫が空だから買い出しには行かなきゃな、とは思うけど後でいいかとも同時に思う。なんだかめんどくさい。

バイトの時間まで何するかなぁ。頬杖をついて時計を眺めながらぼんやり考えていたら、いつの間にか眠ってしまったようだった。


   * * * * *


「おーとーや? 音哉? 音哉? ねえってば」

名前を呼ばれながら体を揺さぶられて目を覚ます。今日何をするか考えていたらいつの間にか寝てしまったことはすぐに思い出したけど、俺を呼ぶ声にまだ俺は夢の中にいるんだなって思って寝直す体勢に入る。
だってあいつ、今日もどっかの練習に行ってるじゃん。土曜だから今日も夜までだろうし。だからこんな昼間(さっき目が覚めたと思った時にうっすら目を開けたら眩しかったから)にあいつの声がするわけがない。

「ちょっとー!? 音哉さーん!? 俺ですよー?」
「なんだようるさいな……」
「かわいい幼馴染にうるさいとはなんだ!」

その瞬間、左腕に走った激痛に一瞬で俺は目が覚めた。痛い痛い言いながら体を起こしたら、俺の左腕をぎりぎりと両手で握りつぶそうとしている奏斗と目が合った。
俺が起きたのを確認すると笑顔になり左腕は解放されたが、尚もじんじんと痛かった。こいつの握力なめちゃいかん。

「え? 奏斗? なんで、お前……」
「なんで、って、俺がいちゃ悪いわけ? 俺の家でもあるよね? ここ」
「そう、だけど……」
「あー、寝てたからメール気付いてなかったのか。最近時間合わないから言えなくて、何してるか分かんないけどさっき練習が終わった時に今から帰るーってメール送ったんだけど」
「……すまん」

寝てる間に吹っ飛ばしたらしい携帯を奏斗から手渡されて見てみたら、確かにメールが届いていた。

「音哉今日予定ないの?」
「夜のバイトまでは特に何も。何して過ごすかなーって考えてたらいつの間にか寝てた」
「そっか! じゃあ久しぶりに一緒に過ごせるね! 俺今日バイトないからさ!」

そうか。そういえばかなり久しぶりに奏斗と会って、しかも一緒に過ごせるってことじゃないか。
にこにこと笑顔を浮かべる奏斗を、俺はとっさに抱きしめていた。勢いがありすぎて床に押し倒すような形になってしまったが、奏斗は何も言わずに俺の背中に腕を回してきた。

「最近俺に会えなくてそんなに寂しかったの?」
「……かなり」
「よかった。俺もね、自分でやってることなんだけど、最近会えなくてずっと寂しかったんだよ。ごめんね?」

いつもなら身長差のせいで頭を撫でられるのは嫌いじゃないけどなんだかなー、と思うんだけど、今日ばっかりはものすごく嬉しかった。

しばらくべたべたしあった後、お腹が空いたという奏斗に冷蔵庫がすっからかんだったことを思い出して、近くのファミレスまで昼飯を食べに行った。その後その辺を適当に話をしながらぶらぶらして、いつも世話になってるスーパーに寄って買い物をした。

一緒にご飯を食いに行ったり、買い物に行ったりは学校とか部活の帰りによくやってるけど、今日はすべてが新鮮に感じられたし、幸せってこういうことなのかもな、なんて柄にもなく浮かれていた。

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