オレンジ色に染まった教室


「音哉ーこっち全部閉め終わったー」
「おーサンキュ」

いくら夕方になったとはいえ、窓を閉め切れば教室内には一気に熱気が立ち込める。たらりと汗が頬を伝ってTシャツに染み込んだ。

本来なら学生は夏休み真っ最中であるこの時期に、彼らが音楽室に残っている理由は吹奏楽部だから。名目上では吹奏楽部は文化部らしいのだが、どこの学校でも運動部並みかそれ以上にハードな部活、だと思う。最初は幼馴染の奏斗に誘われて入部した音哉だが今ではすっかり夢中になっている。

吹奏楽部は男女の制限がないといえど部員の大半は女子だ。女子がよく体育の後などに好んで使う制汗剤のにおいが空気中でいくつもまざっていて、音哉はむせかえりそうになる。奏斗はさほど気にならないようでTシャツを捲し上げてぱたぱたと手で自分を仰いでいる。

「あっつ……音楽室ってめちゃくちゃ空気こもるよなー」

二人以外の部員はすでに帰ってしまい、文字通りここには今音哉と奏斗の二人きり。日もほとんど沈んで風もいくらか昼間に比べれば涼しくなった。こんな熱気のこもる室内にいるよりは、さっさと外へ出て今日も疲れたし家に帰ってシャワーでも浴びたいのはやまやまなのだが。

片づけもすべて終えて、戸締りもしっかりして、あとは帰り際に職員室に報告して鍵を返しに行くだけ。夏休み中とはいえ警備員が見回りに来るし、早くここから出なければというのは二人も承知している。

「……奏斗」
「あーはいはい、やっぱり今日もやるのね――んっ」

机にもたれかかってぼーっとしていると名前を呼ばれて奏斗は振り返る。すぐそこに音哉の整った顔があって、反射的に奏斗は目を閉じた。夏休みに入って――というより、音哉が部長になってからほぼ日課になっている。
部員が帰った後、戸締りを確認して音楽室に鍵をかけるのは部長の仕事。それをいいことに奏斗以外の部員が帰った後は、音楽室でキスをしてみたり抱きしめ合ったりしてみたり。長期の休み以外でもほとんど吹奏楽部には休みがないのでデートなんてする暇はない。奏斗も口では文句を言いながらも素直に受け入れる。

「ん、っは……あっ、つ」

ようやく終える頃には自然と抱きしめ合っているせいもあって二人とも汗だくだった。お互いの顔が真っ赤なのはきっと音楽室に熱気がこもりやすいせい。完全に閉め切ってしまったせいで確実に温度は上がっていた。はぁはぁと肩で息をしている奏斗の唇にもう一度軽くキスを落とす。

「あのさ、こーゆーの、職権濫用っていうんじゃないの?」
「奏斗にしては難しい言葉を知ってるな」
「そこじゃねーだろ」

悔しかったから少し背伸びをして奏斗からキスをすると、鞄を持ってさっさと音楽室から出て行った。小学校を卒業するまでは同じくらいだったのに、中学に入ってから音哉は奏斗を簡単に抜き去ってしまった。
開け放たれたドアの方を見つめながらくすっと音哉は笑うと、ポケットに鍵があるのを確認して同じく音楽室を後にする。

吹奏楽部に入部してようやく分かったことだが、この学校は吹奏楽の強豪校らしい。まったく無関心だったのに部長に選ばれてしまい、未だに申し訳ない気持ちと不安な部分はたくさんある。今年はどこまで行けるか分からないけれど部長として精一杯この部を引っ張っていくつもりだ。

まだまだ夏休みははじまったばかり。地区大会を目前にして毎日の練習も厳しくなってきている。去年一昨年と経験してきたとはいえ、やはり慣れはあってもきついものはきつい。

「おい音哉、なにやってるんだ? 見回り来ちゃうしさっさと帰ろうぜー、俺腹減ったよ」
「……今行く」

明日もまた今日と同じようなことの繰り返しかと思うと、いくら好きなことでもたまには逃げ出したくなることもある。もちろん吹奏楽は好きで続けていることだけれど、部長という立場を利用して部活を終えた後に恋人といちゃいちゃできるのを毎日楽しみにしていることは、内緒だ。





お題お借りしました「Amaranth

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -