裏表ハッピーエンド


俺に好きな人がいる、というのはどっかから耳にしたらしくて先輩はとっくに知っていたらしい。うさぎ先輩には一度ばれてて相談したことはある(相手が猫柳先輩なのを知ってたかどうかは知らない)けど、いくら仲が良くてもそういうことは誰かに漏らしたりはしなさそうだから、面白がって「好きな人いるんだろ?」みたいなことをしつこく聞いてくるのを真に受けたんだろう。「いない」とはいつも言ってなかったしな。

「よくボーっとしてるけど、好きな女の子のことでも考えてるの?」って、ふざけてだけど一度小虎に言われた時はドキッとした。ボーっとしてる時に先輩のことを考えてるのは当たってる。でも相手は女の子じゃない。同じ学校の、しかも同じ部活の、さらに同じパートの、男じゃなかったら。

「で、相手は誰なの?」
「いやーそれは先輩でもさすがに言えないですかねー?」

和希って好きな人いるんだって? の次に再びストレートな質問を投げつけられて冷や汗をかきながらも笑ってなんとかごまかす。

まさか目の前にいる先輩が好きです、なんて言えないじゃん。ヘタレだなんだって罵られたって別にいいよ、俺にそんな勇気はない。

誰だよ教えろよー、と笑いながらしつこく聞いてくる先輩の笑顔が無邪気でかわいいな、なんて呑気に思ったりして。もし口に出したら先輩には軽く殴られるくらいで済むだろうけど、あの人にぶん殴られるだろうなー。鳩尾のあたりを五、六発くらい。そのくらいで済むだろうか。

俺が先輩に手を出せないでいるのは、先輩には既に恋人がいるから。だからどうしたよ、男なら当たって砕けろよ、とでも言いたいのか? そんな覚悟があったらこんなに悩んでないかもな。

「んー、じゃあさ。その相手って近くにいるの? それとも遠距離恋愛?」
「……結構、近い、ですかね」
「そっかー」

今の距離にしてみればおよそ十センチくらいかな。俺のすぐ右隣。ものすごく近い。いつでも手を伸ばせば届く距離にはいるんだけどなぁ。

「遠距離も大変だけど、近いのもつらいよね」
「……そうですね」
「好きな人が近いところにいるからこそ、言ってしまって今までの関係が壊れるくらいだったら、今のままでいいって思うよね」
「……ほんと、そうですよね」

なんて残酷な台詞を簡単に言うのだろう。

近すぎるからこそ言いたくても言えない。その気持ちを、先輩は痛いほど知っているはずだ。
何年片思いしてて、どうやって付き合いだしたかは分からないけど、結局その片思いは実った。

先輩には、もう付き合っている人がいる。恋人がいる。

「可能性はゼロじゃないと思うから、俺には何もできないし応援しかできないけど頑張れ!」
「……ありがとうございます」

友達に好きな人ができた、って相談されたら俺だってとりあえず「頑張れ」って言うと思う。だってまさかその相手が自分だなんて思わないだろ、普通は。俺だってきっと同じ言葉を返すはずだ。

先輩に悪気は一切ないんだし、こっちの事情も何も知らないわけで、そんなこと簡単に言うな、なんて自分勝手すぎる。けど、やっぱりその一言は突き刺さる。

「和希なら大丈夫だと思うよ。だって和希かっこいいし!」

かっこいい? でも俺はあの人には負けてるんでしょう? あなたの中では。

先輩の惚気話を聞くたびに無理だとしか思えなくなった。先輩の褒め言葉も、素直に受け取ることができなくなった。
どう頑張ったって、先輩の中での俺の存在はあいつを越えることは一生できない。あいつの名前を呼ぶ時の声音とか、昔の思い出を語る時のあの表情とか、何かあった時に先輩が思い出す回数とか。全部負けてる。どれも俺には向けてくれない。先輩の中で、あの人の存在が大きすぎる。見上げたって、上はないんだろう。あったとしても、到底届かないんだろう。少なくとも、俺には。

「先輩」
「ん?」
「携帯鳴ってません?」
「あ、ほんとだ。誰からだろ、って音哉? 学校にいるのにわざわざメールよこさなくたっていいじゃん。ねえ?」
「……急ぎの用事とかじゃないんですか?」

ほら、またそうやって。あいつの名前を呼ぶ時はいつだって嬉しそうな表情になるの、先輩のことだから気付いてないんでしょう? 今、すごくいい笑顔してますよ、先輩?

「んじゃー音哉に早く来いって言われたから帰るね。明日の朝練遅れるなよ?」
「が、頑張ります……。さようなら、猫柳先輩」
「ん、じゃあね」

俺にだって笑顔を向けてはくれるけど、やっぱりあいつに向けるのとは違う。

いつか俺に振り向いてくれたら、とは常に思ってるけど、あの人の名前を呼ばない先輩も想像できないし、無理矢理に奪ってしまおうかとも時々考えたりはするけど、そうしたところで俺の望むハッピーエンドには絶対にならない。

こうしてみるとすんごい無茶苦茶だよな、俺。自分にだけ都合のいいハッピーエンドになればいいと思いながら、結局は悪者になりたくないだけ。全員にとってのハッピーエンドで終わらせようと思ってるから何も進まない。

全員が全員ハッピーエンドの結末なんて、おとぎ話の世界でもありえないことなのにな。ほんと、馬鹿だよな、俺って。

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