そんなもんかなぁ


「ティンパニはそこじゃなくて茶色いとこ持って」

 よいしょ、とティンパニを運ぼうと重いそれを持ち上げたのとほぼ同時に音哉の低い声が聞こえた。
 持ち方を指摘された女子生徒は上ずった声で「はい!」と大きく返事をすると、心なしか顔を赤らめて言われた通りに茶色いフレームを持つ。

「おとやんって、パーカスちょっとやってたんだっけ?」
「やってたけど」

 鳴海の質問に、サスペンデッドシンバルのスタンドを手慣れた手つきで素早くたたみながら音哉が答える。

「これってどうやってたたむの?」
「グロッケンのスタンドってどうすればいい?」
「シンバルスタンドは腕取り外して! グロッケンのはそこのレバー手前に引けばたためるから!」
「トライアングルってどこにしまえばいいかな?」
「マレットはー?」
「これはどうすればいい?」
「トライアングルはそこの黒いケースの中にお願いします! マレットもその中で!」
「それは適当にその辺に置いてて大丈夫です」

 音哉と鳴海のすぐ後ろでは、次々と投げかけられる他パートからの質問に、舞と時々奏斗たち二年生が早口で答えていた。

 打楽器は数が多く、片づけにいちばん時間がかかる。それぞれ自分の楽器を片付け終えた人は、各々その手伝いに回るのだが、普段触らない楽器なのでスタンドやタンバリンひとつどうすればいいのかさっぱり分からない。
 ちなみに舞の言っている“シンバルスタンドの腕”というのは、クラッシュシンバルを置く黒いゴムがついている部分だ。

 そんな中、音哉だけは黙々とこなしていた。
 打楽器は大きく重いものが多く、そういった楽器の運搬には男子部員が重宝されるし、親友で幼馴染の奏斗がパーカッションだから、よく手伝っているうちに覚えたのだろう、と鳴海は思っていたのだが、少し違った。
 音哉は中学一年生の時、人数の関係でパーカッションとしてコンクールの舞台に乗っており、入部して約半年はパーカッションをやっていた。そのおかげで打楽器の扱いには手馴れていた。





「おとやんって耳いいよな」
「……俺が?」

 ある日の昼休み。鳴海が突然そんなことを言い出して、音哉はサンドイッチを食べていた手を止める。

「倉鹿野先輩の耳がいいとは違うけど」
「どういう意味だよ」

 倉鹿野こと、ホルンの響介は合奏中、全員が音を出していてもその中で誰が音を間違っているかなどを一瞬で聞き分けることができる。地味だの影が薄いだの言われる響介だが、実はいろいろと特技を持っていたりする。

「ピッチがいつも安定してるからさ」
「そうか?」
「少なくともうねってないし……合ってなくてもすぐ合うし」

 ピッチというのは、一言で言えば音の高さのこと。天気や湿度など、様々な条件で音の高低は微妙に変化する。きれいな和音を作るにはこれが重要なのだ。最低音を担うチューバはこれがかなり重要だったりする。
 何人かで同じ音を鳴らした時に、うねって聞こえればピッチがずれているということ。真っ直ぐ、うねりがなければ合っているということ。

「そりゃー、音哉は昔パーカスやってたもん」

 隣で律と談笑していた奏斗が突然会話に入ってきて、鳴海と音哉は同時にそちらのほうへ視線を向ける。

「なんか関係あるの?」
「耳がきたえられたんだよ」
「……どゆこと?」
「管がチューニングしてる時ってパーカスは暇だろ? あと基礎合奏も。毎日聞いてて自然と耳がきたえられたんだよ、きっと」
「なるほど」
「……そうか?」

 鳴海は納得していたが、音哉は眉間にしわを寄せていた。確かに奏斗の言う通り、チューニングや基礎合奏を聞いているうちに、ピッチとはこういうことか、となんとなく理解した部分はあるけれども。

「僕にはよく分からないけどさ、自信持っていいと思うよ、ねむのん」

 律に微笑まれ、そんなもんかなぁと、音哉は再びサンドイッチに口をつけながら、頬杖をついた。
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