感じる視線


「今のところ、金管だけで」
「はい」

 やっとフルートの公開処刑が終わって、ふぅとひと息、ふと視線を感じてちらりとそちらへ顔を向ければ、天野先輩と目が合った。
 
 楽譜に書き込むふりをして、愛用の青いシャープペンで一瞬だけ前をさしたのをわたしは見逃さなかった。先生の顔を伺うふりをして前を向いた瞬間、思わずのけぞってしまって、もう一度天野先輩のほうへ視線をやると、口ぱくで「馬鹿」って言われた。確かに今のはばかやったと思うけど、これは不可抗力だよ、ねぇ先輩?

 腕時計で時間を確認する。部活が終わるまで、あと約十五分。最後に一度通すだろうけど、金管もこの調子じゃしばらくはつかまってそうだな。ホルンの対旋律をぼんやり聞き流しながら、あくびをかみ殺した。


     * * *


「お前なぁ」

 場所は変わってここは屋上。わたしが入るなり天野先輩は大きなため息を吐いた。

「あれは不可抗力ですって」
「だから先に言っただろうに」
「そうかもしれないですけどぉ、でもぉ」

 え? 話が"見えて"こない? そうだね、さっきからわたしも先輩も主語は言ってないしね。ていうか、見えなくていい。普通の人には"見える"はずがないんだから。

 「あれほど霊にこちらの存在を気付かせるような真似はするなと言ったのに、ほんと馬鹿だなお前」

 ……そうなんです、幽霊の話なんです。だから"見える"わけがないって言ったでしょ?

 わたしと天野先輩は生まれつき"そういうもの"が見えてしまう体質で、わたしは家族にそういう人は知りうる限りはいないけど、天野先輩は代々受け継いでいるらしく、今話題になっている音楽室の幽霊に関してこうしてたびたびここでその話をすることがあった。実は幽霊って、その辺にわんさかいたりするんだよね。……あ、でも安心して。その辺にわんさかいるのはほとんどが無害な幽霊だから。

 まあ、音楽室以外にも人の形をした幽霊はいるんだけどね、でもわたしも先輩も吹奏楽部だから、どうしても音楽室の幽霊と接触しなければいけない時間が圧倒的に長いわけで。

「今回の件であいつにマークされてもおれは知らないからな」
「そういう人だと分かってはいましたけど、冷たいですね先輩」
「なんだって?」
「……いひゃいれす」

 人をいじる時、なんていい表情をするんだ、この人は。

「どうにかしてあげられないんですか?」
「おれは霊が見えるだけで霊能者ではないからな。そもそも気にしなければいいだけの話だし」

 そりゃそうだけど。

 一番は気にしないで過ごすことだけど、音楽室のあいつだけはそうもいかないんだよね。

「でも、そうもいかないよな。なんでかあいつ、星野に興味があるみたいだし」
「やっぱりそう思います? って、自意識過剰かもだけど」
「音楽室にお前が入ってくるとお前のところに行くからな」

 そう、なぜか妙に気に入られてるみたいなのよね。さっき驚いたのも、目の前にあいつがいたからで。前にいるぞってあらかじめ言われてたって、まさか目の前にいるとは思わないじゃん?

 先輩みたいに、なにも見えないふりが徹底してできればいいんだけど、まだわたしは修行が足りないみたい。
 そもそもなぜ見えないふりをするのかっていうと、見えない人からしたら変に思われるからっていう理由ももちろんあるけど、さっき先輩も言ってたように、わたしも先輩も"見える"だけであって、特別なにができるわけでもないからだ。

 でもなぁ、うーん……。

 「よかったな、霊にとはいえモテて」
 「ぜんっぜんうれしくないんですけど……」

 どうにかしてあげられるなら、どうにかしてあげたいんだけどなぁ。情けをかけたいわけじゃなくて、なんというか、こう、あっちからじーっと見られちゃ見えないふりもそろそろつらいというか。

 ……それに、どうせモテるなら、天野先輩にだけモテたいよ。

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