SSS置き場 | ナノ


 舞と凜と二年女子

午後の練習が始まるまで、あと十分ほど。

「あっ、これ中学の時歌った!」
「あたしも歌ったなー。なつかしー」

することもなく壁にもたれかかっていると、ピアノの旋律が聞こえた。それに反応して凜がはしゃいだ声を上げた。ピアノの音が風に乗って入ってくる、開け放たれた窓へ軽い足取りで向かう凜を追う舞の足取りもどこか軽かった。

「わたしメゾソプラノだったんだよねー。今でも歌えるかな」
「あたしはアルトだった。メゾソプラノやりたかったんだけどねー、声低いからってアルトに回された」

窓から身を乗り出して音楽室の中を覗こうとするが、二人がいるのは二階、音楽室があるのは三階。窓際に男子が数人いるのが見えるくらいで、誰がピアノを弾いているかは当たり前だがここからは見えなかった。

「誰かソプラノ歌える人いない? 合唱したくなってきた」
「男子はピアノの周りで歌ってるみたいだね。ピアノに混じってなんとなく聞こえる」
「あ、ほんとだ。ソプラノも聞こえない? 女子もいるのかな」

どうせなら合唱したいと近くに誰かいないか探し始めた凜の背中に、ソプラノはきっと猫柳だよと心の中で教えてあげる。猫柳奏斗は男だが裏声でソプラノもいけるのだそう。一度だけ間近でその歌声を聞いたことがある。女の舞にも出せない高音をきれいに出していて嫉妬した。

角を曲がって姿が見えなくなった凜の背中を視線で追うことをやめ、覚えている範囲で歌ってみる。この曲を歌ったのは中学三年生の時だったから、およそ三年ぶりだ。楽譜がないから音が合っているかは分からないが、記憶を頼りに音を取る。歌詞もあやふやだ。それでも知っている歌だから歌っているうちに楽しくなってきて、おそるおそるメゾピアノだった声量がいつの間にかメゾフォルテ、フォルテと大きくなっていく。

サビの途中で聞こえたソプラノとメゾソプラノに思わず口を開けたまま歌声の聞こえたほうへ振り向けば、どこから連れてきたのか凜の後ろには二年生の女子の姿があった。

ソプラノ、メゾソプラノ、アルトの女声三部合唱に、ピアノの音に混じってかすかに聞こえてくる男声とで、即席の混声四部合唱。
全員最後に歌ったのは数年前で、誰も楽譜はこの場では持ち合わせていないから、音も間違っているかもしれない。けれど、確かにそこに生まれたハーモニーに、歌いながらみな自然と笑顔になる。

「ブラボーですね」

曲がフィナーレを迎えて、気持ちよく歌えたねと女子たちが顔を見合わせて笑い合った時。いつの間にかそこにいた源内先生から拍手が送られて、なんだか照れくさい気持ちになった。





アンジェラ・アキ「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -