SSS置き場 | ナノ


 有牛と凜

「時々無性にあほなことしたくなる時ってない?」
「あるけど、たとえば?」

凜も時々無性に馬鹿みたいなことをしたくなる時はある。とっさに浮かんだのは、大声で変な単語を叫びたくなったり、授業中に消しゴムのカスを集めて練ってみたり、虹の根元を探してみたくなったり、そんなくだらないことだった。有牛の考えるあほなことは一体どんなことなのか気になって聞き返してみる。

「木管の連符をボーンで吹いてみるとか」
「ああ……一回やったことある。しんだけど」
「一度はやってみたくなるよね。俺も昔挑戦した」

スライドで音を変化させるトロンボーンは、アップテンポでひとつずつ音階の違う細かい音符はあまり得意ではない。だからこそ、木管のあの黒い楽譜を一度は無理を承知でやってみたくなる。素早いポジショニングもだが、一音一音素早くタンギングをするのも難しい。

「あと逆に組み立てた状態で吹く」
「逆?」

首を傾げる凜に、有牛は無言でトロンボーンの連結部分のネジをゆるめて分解すると、普段とは逆――前から見て、ベルが右側、スライドが左になるように組み立て直した。そして向かい側の凜から見て、有牛の顔の左にベルがくるように構える。

「あ、なるほど。そういえばトロンボーンってそういうこともできるよね」
「これ、ただ逆にしただけなのに、まったく吹けなくなるんだよね」

右手で楽器を持ち、左手でスライドを持った状態で有牛はスケールを吹こうとするが、普段のようにスムーズにはいかずに何度かつまずいた。ベルとスライドが逆になっただけで、ポジションは変わっていないのに、なぜかスムーズにはいかなくなる。

「この間、家に持って帰ってひたすら練習してたんだよね。逆持ち」
「……それはあほだわ」
「うん。自分でもあほだと思った。でもその時は無性にやりたくて一時間くらい必死にやってた」
「一時間も? あほだねー」

それを必死に練習したところで何にもならないじゃん、と思ったが、そういったこともできるのを思い出した以上、いつか自分もやりたくなるのだろうなとぼんやり思った。

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