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 奏斗と両親

「赤点はぎりぎり取ってないんだからいいじゃん……」
「別に何も言ってないじゃない」

定期考査の点数が記してある細長い紙をじーっと眺める母親の顔が徐々に曇っていくのが奏斗にも分かった。
音楽以外はどの教科も決していい点数とは言えない。しかしこれでも奏斗はテスト前になると必死に勉強しているのだし、素点では赤点は今回もぎりぎりだが取っていない。
中学の時から成績はこんな感じで、両親は成績に関して口を挟むことはなかったが、奏斗にとって何より怖いのが、結果によっては「部活をやめろ」と言われるかもしれないということだ。朝練のために朝早く家を出て、放課後は夜まで残って、土日も基本的に休みはない。夏休みや冬休みも朝早く学校へ行って、帰ってくるのは大体夜。さすがにテスト期間は部活は禁止になるものの、普段勉強をする暇はほとんどない。

「まあ、赤点はないんだしいいんじゃないか。そのために必死に勉強したんだろ?」
「だって部活やれなくなるのは嫌だし……やめろって言われたら俺生きていけない」

大げさだが、今の奏斗から吹奏楽を引いたらきっと何も残らないだろう。それくらいには熱中している。
項垂れる奏斗を見て父親は、はは、と小さく笑いをこぼす。

「やめろなんて、私もお父さんも言わないわよ。ねえ?」
「そうだな。っていうか、言えないよな」
「……どういうこと?」

顔を上げた奏斗と目が合うと、父親は頭をかきながら苦笑する。

「俺も母さんも、奏斗くらいの時は同じように吹奏楽に夢中だったからね。朝から夜まで部活部活、勉強する時間なんてほとんどとれなくてさ。父さんも奏斗みたいに、部活がやれなくなったら嫌だからテスト前は必死に勉強したもんだよ……」
「お父さんなんて一時期成績が下がって家出までしたわよね。お父さん、これでも成績優秀だったから」
「これでもってなんだよ、これでもって」
「え、そうなの?」

吹奏楽をやめろと言われたら、奏斗もきっと家出すると思う。大げさではなく、本当に。
昔の話をする両親はとても楽しそうに見えた。もはや奏斗そっちのけで思い出話に花を咲かせている。

「まあ、そういうわけだから父さんも母さんも、部活をやめろとは言わないよ。でも、さすがに留年したらやめろって言うかもしれないな」
「留年さえしなければ私も何も言わないわ。部活に夢中になれるのも学生のうちだけだしね。何かに夢中になるっていいことじゃない。最低限のことはしてくれれば、やりたいことは存分にやりなさい」
「ほんっと、叩いてる時の奏斗って楽しそうなんだよな。誰に似たんだか」
「部活の話をする時もね。やっぱりうちの子ね」
「よっしゃー! 俺頑張る!」

そう言うなりどたどたと階段を駆け上がっていく音を聞いて、父親と母親は顔を見合わせて笑った。

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