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 律と奏斗

奏斗に鍵盤を教えて欲しい、と頼まれたのが、律の記憶だと確か二週間ほど前。
昼休みや放課後、部活が終わった後の短い時間で、律は教えられることを教えていた。初歩的なことかもしれない、基本過ぎることかもしれない、既に知っていることかもしれない、不安はあったけれど、奏斗は熱心に律の言うことを聞いていた。

音楽一家に生まれた奏斗は、やはりというべきか、さすがというべきか、嫉妬してしまうくらいに上達は早かった。しかし同じ打楽器でもいつも握っているのはスティックで、音階のない楽器ばかり担当しているせいか、数日前からぱったりと伸び悩んでいた。それでも、律からすれば充分だと思うほど。

「やっぱり鍵盤叩けるうさたんすげーわ……めげそう。こんなの人間業じゃない」
「僕は今までほとんど鍵盤ばっかりだったから、人より慣れてるだけだよ。僕からすれば、ドラムのほうが人間業じゃないと思うし。……でも、ちょっと意外だな」
「意外?」
「うん。ねこやんって、なんでも楽器はすぐできるようになって羨ましいな、って思ってたから」

律の笑顔はいつものもので、そこに妬みや憎しみの感情は感じ取れなかった。けれど、今まで散々同じ台詞を言われ続けてきた奏斗にとっては、嬉しい言葉ではなかった。それが顔に出てしまったのに気付いて、奏斗は俯く。

「でも、ねこやんだって、何もしないでドラムが上手くなったわけじゃないもんね。ごめんね。こういうこと言われるの、嫌だよね」

俯いた奏斗の肩を、律はぽんと軽く叩く。
思いがけない言葉に、じんわりと奏斗の視界がにじむ。律に気付かれないように、奏斗は顔を両手で覆った。

「……うさたん優しすぎて、こんないい人が俺なんかの友達でいいのかって時々思うよ……」
「ねこやんが思ってるほど、僕は優しくないよ。そう言ってもらえるのは嬉しいけど」

奏斗のその才能に、嫉妬したことがないといえば嘘になるけれど。
彼は楽しく音楽をやりたいのだ、といつか言っていた。律もまた、音を楽しむで音楽というように楽しくやりたい。大好きな音楽を、大好きな楽器で、大好きな人と一緒に。

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