▼ 奏斗と音哉
「寒いね」
「寒いな」
ブレザーの下にはカーディガンを着込み、マフラーに顔を埋め、ポケットに両手を突っ込んで、口を開けば寒い寒いと連呼している二人だが、まだカレンダーは十一月だ。本格的に寒さが厳しくなってくるのはこれからだというのに、既にそんな重装備でこれから先は大丈夫なのだろうかと不安になるが、それでも寒いものは寒いのだ。
「チューバが冷たくなってくると冬だなーって思う」
音哉らしい冬の感じ方に、奏斗はマフラーの中で笑う。
暑ければ暑いでピッチが高くなってなかなか合わないし、寒ければ寒いでピッチが低くなってなかなか合わない。管楽器は大変そうだなと打楽器の奏斗はいつも他人事のように思っている。
「俺はねー、音哉の手が黄色くなってくるとあー冬だなーって思うよ」
制服のポケットに突っ込まれた音哉の両手は、今日も黄色く染まっていた。
そんなに黄色いのだろうかと左手をポケットから出すと、隣から「まっきいろ!」とはしゃいだ声が聞こえた。
「まっ黄色ってほど黄色くなってないだろ」
「これからもっと黄色くなるもんね。昨日は何個食べたの?」
「……六個、いや七個……八個? くらい?」
「めっちゃ食ってる。でもみかんってなかなかやめられないんだよねー。俺も昨日五個くらい食べちゃった」
「お前も人のこと言えねーじゃねーか」
冬といえば、日本人ならこたつでみかん。特に音哉はみかんが大好きで、寒くなってくると毎日大量のみかんを消費していた。
みかんの食べ過ぎて黄色くなった音哉の手を見ると、冬の訪れを感じずにはいられない。