▼ 奏斗と音哉
本番が近くなると、時々嫌な夢を見る。
本番中スネアを叩いてたらスティックが折れたり、楽器を持ち替えようとしたらスタンドに足をぶつけて楽器を落としたり、楽器を倒したり、打楽器だから全然関係ないのに演奏中ピストンが戻ってこなくなって焦ったり、お気に入りのリードが割れて仕方ないから替えようと思ったらリードを忘れてたりだとか、とにかくみんなに迷惑をかける夢。
しょせんは夢だと思ってても本番が近いから不安になる。
「どした猫柳。調子悪いの?」
「あ、いえ……ちょっと」
それが練習で出ちゃうのが俺のダメなところ。嫌なことがあったりしてへこんだり、落ち込んでると気持ちの切り替えができなくて調子が出なくなる。自分でも気分よく、調子よく叩けてないのは分かるし。自分のこういうところが嫌だ。
今までに本番でやっちゃった、今でも時々思い出してうわーってなる失敗といえば、ドラムを叩いててスティックを吹っ飛ばしたことくらいで、夢で見た大きな失敗はしたことは今のところはない。スティックを吹っ飛ばしたのは、本番っていっても壮行式だからまだましだったし。……そのスティックを大森の頭にヒットさせたこと以外は。
「また嫌な夢見たのか」
「……うん」
その日の帰り道は決まって音哉に心配される。いつもごめんね。でもなにかと気付いて気にかけてくれるのは嬉しい。
「気にすんなって言っても無理だろうから、まあせいぜいスティック吹っ飛ばして人の頭にぶつけないように気をつければ大丈夫だって」
「……蒸し返さないでくれる?」
慰めたり、励ましてくれる時もあれば、今日みたいにそうじゃない時もある。
「思い出したら笑えてきた」
「それほんとに恥ずかしいしいまだに申し訳ない気持ちでいっぱいだから! やめて!」
「すこーんって、すこーんってすんげーきれいに大森の頭に当たったんだよな、しかもいい音したし。腹痛ぇ」
恥ずかしい思い出を蒸し返した挙句に笑い出した音哉の脇腹を一発殴る。
……むかつくけど、ちょっと元気出るからくやしい。