▼ 奏斗と律
「うさたんって、ほんっとすごいよね」
「……何が?」
突然名前を呼ばれたかと思えば、脈絡もなく褒められて律は首をかしげた。
うさたんとは奏斗が律につけたあだ名だが、男子高校生らしからぬセンスである。ちなみに律は奏斗のことをねこやんと呼んでいる。どっちもどっちだ。
「鍵盤できるの」
「ねこやんだってできるじゃん」
「俺には無理。俺、横には強いけど縦には弱いんだよねー」
ドラムやスネアを得意とする奏斗は、横一直線に描かれたリズムには強いが、縦に描かれた音階には弱い。とはいえ小さい頃にピアノを習っていたということもあり、言うほどできないわけではない。パーカッションになってある程度経つと得意不得意で担当する楽器がそれぞれ決まってくるとはいえ、全部の曲で同じ楽器を担当するわけではないから、それ以外の楽器が全然できないということは部活ではあまりない。
「だってさ、鍵盤ってまずあの細い板を叩けっていうのがおかしいじゃん。しかもその真ん中を叩けっていうんだよ?」
通称鍵盤と呼ばれる音板打楽器は、音板が低い音になるほど長く、高い音になるほど短くなっていく。一概にそうではないが、大きさに関わらず叩くところは基本的に音板の中央、共鳴パイプの上だ。そう考えると、細い上にかなり小さい。
「そう考えると鍵盤叩ける人ってすごいよね……」
「ね? すごいよね? だからうさたんってすごいなって」
「そうかな。僕からするとドラム叩けるほうがすごいと思うけど」
「うさたんだってドラム叩けるじゃん」
「叩けないことはないけどさ。でもねこやんは……」
褒められては謙遜し、相手のことを褒め返す。しばらく続いた終わりのないやりとりを、音楽室の隅のほうで和希が渋い顔をして聞いていた。