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 音哉と母親

「そうだ。ねえ音哉、吹奏楽コンクールっていつ?」
「……え?」

かじりかけのトーストから口を離し、顔を上げてぽかんと口を開けたままやかんでお湯を沸かしている母親の背中を見つめる。

「昨日奏斗くんのお母さんと会ってね、来月にコンクールがあるんだって? 何日?」
「えっと……確か、二十七日だったと思う、けど」

どうして、急に? 理由を尋ねようと思ったが、なんとなくトーストとともにそのまま飲み込んだ。
音哉の両親は仕事が忙しく、父親は出張か単身赴任で家にいることが少なく、母親も帰りは音哉がすっかり寝ている時間にならないと帰ってこないことがほとんど。
入学式や卒業式は時間を作って来てはくれるが、運動会や学芸会などの行事に来てくれたことは一回か二回くらいだった。いつも行事には両親そろって応援に来てくれる奏斗がうらやましくて仕方なかった。
だから、どうせコンクールも忙しくて来れないんだろうし、と黙っていた。

「時間は? 何時からなの?」
「時間は……抽選で順番決まるからまだ分からない」
「そう。じゃあ順番が決まったら教えてね」
「いい、けど……」
「いつも仕事仕事って、運動会とか全然行けてなくてごめんね。だからコンクールは時間作って見に行くわ。たまに部活のこと話してくれるあんた、すごく楽しそうなんだもの」
「……ほん、とう?」

いれたてのコーヒーが入ったマグカップを音哉の前に置きながら、母親が向かいの席に腰を下ろす。
まるで小さい子どもみたいだ、と自分で言って音哉は思った。と同時に、たまに母親が早く帰ってきて夕飯を一緒に食べる時に部活のことを話す自分はそんなに楽しそうなのかと少々恥ずかしさもこみ上げてくる。

「うん。約束する。だから頑張るのよ?」
「分かった。じゃあ、抽選で順番と時間が決まったら、教えるから」
「忘れないでね?」

ふふっといたずらっぽく笑う母親に、顔を上げて音哉は頷いた。

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