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 有牛と成子

パートリーダー会議を終えてパート練習の教室に戻ると、成子くんが泣いていた。いや、泣いてはなかったけど、転んで痛いのを我慢してる子どものように、泣くのを必死に堪えているような、そんな表情。

「どうしたの?」

驚いて彼の元へ行って尋ねると、成子くんのトロンボーンを持つ手に力が入った。音を立てて鼻水をすすって、口を開く。

「どうしよう、有牛先輩……」
「だからどうしたの?」

この暑さだし、体調でも悪くなったのだろうか。それとも楽器か備品を壊してしまったのだろうか。見る限りではトロンボーンは古いから元々ぼこぼこだけど新しい傷やへこみは見当たらないし、足元のメトロノームはこの間買ったばかりのもので、刻むテンポは一定だった。顔は赤いけど暑さからのものだろうし、体調が悪そうって感じではない。

「どうやっても、合わなくて」
「……なんだ、そんなことか」

成子くんが震える手で譜面台からチューナーを取ったのと、トロンボーンの抜き差し管を見て言わんとしてることを理解した。あれ、言ってなかったっけ。

「高いから抜いてるのに、がんばって低く吹こうとしてるのに、いつもならそれで合うのに、全然低くならなくて」
「仕方ないよ。これだけ暑いんだから」
「へ?」
「暑いと極限まで抜いても合わないことってあるんだよ。成子くんが悪いんじゃない、教室が悪い」

今日の練習場所は運悪く冷房がない。暑さと寒さは人間は我慢できるとしても、楽器にはあまりよくない。成子くんみたいにチューニングがどうやっても合わなかったり、熱で膨張してマウスピースが抜けなくなったりね。暑いところだととにかく高くなって大変なんだよ。逆に冬は低くて大変だけど。

ちなみに抜く抜かないってアレのことじゃなくて抜き差し管のことね。ここで音程を調節する。

「そうなんですか?」
「暑いと高くなるのは仕方ないことだから。音楽室で合奏する時にはちゃんと合うだろうから大丈夫だよ。音楽室は涼しいしね」
「よかったぁ……」

心底安堵した表情を浮かべる成子くんは、やっぱり純粋だった。

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