SSS置き場 | ナノ


 拓人とカノン

「まだやってたのか」

歯を磨いて、トイレに行って、準備をして鞄を持って部屋から出てきてもまだカノンは洗面所にいた。寝癖がついて髪型がイマイチ決まらないとかなんとか言ってたけど、まだ終わってないのか。起きてからずっと鏡の前で髪を触っていたような。

「兄さんもう行くの!?」
「もうって、そろそろ出ないと遅刻するぞ」
「Mamma mia!! もうそんな時間!?」

流暢なイタリア語でなんとかかんとか言いながら、ワックスをつけたり手や櫛で撫でつけたりと慌てるカノン。さすが帰国子女。……なんて呑気に考えてる場合か。
ちなみに兄さんって呼ばれてるけど兄弟ではない。カノンより年上ではあるけど。遠い親戚らしい。

「俺から見て寝癖は直ったと思うし、大丈夫だと思うぞ?」
「全然ダメだよ兄さん! あと五分だけ待ってもらえないかな?」

朝見た時に明らかに寝癖だなと思った箇所は直ってて、いつも通りのカノンに俺には見えるんだけどな。まああいつにはあいつのこだわりがあるのだろう。毎朝、俺から見れば長いこと鏡と向き合ってる。おそらく女性と同じくらい準備に時間をかけてる。

「仕方ない、今日はこれで妥協しよう。兄さんをこれ以上待たせるわけにはいかないし、早くオーボエ吹きたいしね」
「やっとか。俺には寝癖が直った以外、普段と同じに見えるんだが」
「毎日顔を合わせてるのに気付かないの? ショックだなぁ」
「毎日顔を合わせてるからこそ些細な変化には気付かないんだよ」

寝癖の有無に関わらず、寝起きの髪型と学校に行くためにセットした髪型が違うくらいはなんとなく分かるけど。分け目が数ミリずれてるとか、前髪を数ミリ切ったとか、そういう些細な変化は言われても分からないこともある。

「というか、毎朝洗面台を占領するのやめてくれないか」
「うーん、それは兄さんの頼みでも無理だなぁ。身だしなみを整えるって大事だよ」
「そりゃそうだが、今日みたいに一時間以上も占領されると家族が使えないだろ」
「Mi scusi. でも、たとえばお気に入りの色やデザインの楽譜を入れるクリアファイルを使うと練習が楽しくなったりするでしょ? それと一緒で、見た目って大事だよ」

なるほど、と納得しかけたけどそれとこれとは話が別だ。



Mamma mia=英語で言う「Oh my god!」
Mi scusi.=ごめんなさい、すみません

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