▼ 和希→奏斗
「あっれー、和希も寝れないの?」
「うひゃっ!?」
自販機の横のベンチに座ってぼーっとスマホをいじってたらいきなり名前を呼ばれて俺は飛び上がった。
驚いたなんてもんじゃない。だって今は消灯時間のはずだし。
「なに今の声」
「び、びっくりさせないでくださいよ……」
「ごめんごめん」
誰かと思えば猫柳先輩で、笑いながら謝ると俺の隣に腰を下ろす。ベンチには充分なスペースがあったけど、心もち横に体をずらした。
「なに飲んでたの? 一口もらってもいい?」
「炭酸ですけど、よかったらどうぞ」
「お、ちょうど炭酸が飲みたかったんだ。ありがと」
何の気なしに言った一言かもしれないけど、そして俺もとっさにどうぞって言っちゃったけど、よく考えなくてもこれって間接キスだよな?
躊躇なくさっきまで俺が飲んでたペットボトルに口をつける先輩を見て、興奮したような、ちょっと悲しくなったような。
「ごめん、喉渇いてたからめっちゃ飲んじゃった。あとでジュースおごるから許して」
「べっ、別にいいですよ! 全然大丈夫です!」
返されたペットボトルは確かに軽くなってたけど、そんなことどうでもいい。
というか、もともと適当にボタンを押して出てきたやつだったし、ちょっと後悔してたからむしろありがたいっていうか。中二とか言われたけど俺はジュースがあんまり好きじゃない。よく飲むのはコーヒー。好きだからというよりなんとなく。
「パーカス専門の指導者が来てくれるとありがたいよねー。今日だけで和希めきめき上手くなったよ」
「そ、そうですか?」
「うさたんも言ってたよ。あと関係ないけどハンバーグおいしかったよね」
それから他愛のない話を少ししたけど、内容は全然頭に入ってなかった。
小指をほんの少し動かせば触れる位置にある先輩の小さい手とか、無防備にさらされた細い足とか、時々こちらを見るくりっとした目とか、シャツの隙間から見える肌とか。どこに目をやっていいか分からなかった。
「やっと眠くなってきたし、そろそろ戻って寝ようぜ。じゃないと明日きっついし」
「そうですね」
部屋に戻る前に、こっそりおやすみのキスとかできたら、最高だったんだけどな。
俺は今日も寝られそうにない。