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 有牛と響介

「コンクールに出る必要性って、何なのかな」

マウスピースを洗っている最中に不意に発せられた有牛の台詞に、響介は動きを止める。どう反応していいか分からず、響介は目を伏せて手の中のマウスピースの表面を指でなぞった。

「俺、コンクールって好きじゃないんだよね。できれば出たくない」
「どうして?」

今まで、二年と数ヶ月有牛を見てきて、そうは見えなかった。コンクールが近くなると、最後まで残って居残り練習をしたり、朝は誰よりも早く来て朝練を始めていたりと真面目に取り組んでいたのに、どうして。

「逃げだよ」

きゅっ。有牛が蛇口をひねった音が、ひと気のない廊下に反響する。ひぐらしの鳴き声が遠くに聞こえた。

「中三のコンクール、ダメ金だったから」
「……そっか」

ダメ金とは、金賞を取ったにも関わらず次の大会に進めない金賞のことを通称そう呼ぶ。点数によって金賞、銀賞、銅賞が決められるが、次の大会に進める枠の数は最初から決まっているため、金賞でも点数によってはその枠から漏れることがある。金賞を取ったからといってその時点ではまだ喜べないのだ。

ダメ金は、銀賞や銅賞よりも悔しいと聞く。金賞を取ったのに次の大会に進めないだなんて、想像しただけで胸のあたりがもやもやして響介は左手でシャツを掴む。響介は取ったことがないから、その気持ちは完全には分からないが。

「順番が最初の方で、前に演奏した学校が強いところで、うちと同じ曲やった学校もあって、運が悪かったんだと思う」
「そういうの、嫌だよね」

演奏の順番が最初の方。強豪校の次。他の学校が同じ曲を演奏する。なってしまうと、嫌な条件。

「けど、正当化してるだけなんだよね。あと一歩及ばなかった、それだけなのに」

再び言葉が見つからなくて、響介は押し黙る。流水にさらし続けているマウスピースはひんやりと冷たかった。

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