▼ 鳴海と音哉
「夏だねぇ」
「夏だな」
窓から入ってくる生ぬるい風と、うるさいくらいのセミの大合唱。空は真っ青で、太陽の光がじりじりと肌を焦がす。
「吹コンに向けて頑張ってるこの感じ、夏だなーってなる」
「……だな」
夏休みよりも、夏祭りよりも。吹奏楽部にとって、夏といえば吹奏楽コンクールだった。
吹奏楽コンクールが間近に迫り、練習に一層熱が入って、先生の指導も厳しくなってきた。苦しい、つらい、ネガティブな感情にとらわれることも時々あるが、ひとつの目標に向かって一生懸命頑張っているこの感じが好きだ。
鳴海が足元のペットボトルを拾い上げたのを見て、自分も喉が渇いていることに気付いて同じ動作をする。ふたを開けようとして、ペットボトルの表面にかいた汗が滴り落ちて制服にしみを作った。数分前に自動販売機で買ってきたばかりだというのに、お茶は生ぬるかった。ペットボトルを傾けて、一気に半分ほど飲み干す。
こういう時、打楽器や弦楽器が羨ましくなる。管楽器を吹く前や吹いている最中に糖分の入った飲み物を飲むのはよくないらしいので、練習中に飲む飲み物はお茶か水に限られる。
「あとチューバが生ぬるくなってくると、あー夏だなーって思う」
「あっそれめちゃくちゃ分かる!」
足元にペットボトルを戻し、代わりにチューバを抱える。手や体が触れた場所から一瞬で熱が伝わり、楽器が再び熱を持つ。
「俺めちゃくちゃ手汗かくから、夏に冷房ないとこで練習する時ふぉにたんに申し訳なくなる」
ふぉにたんとは、鳴海がユーフォニウムにつけている名前。しかし彼の私物ではない。
ふぉにたんにごめんな、と謝って鳴海は練習を再開する。
今日の低音の練習場所は、運悪く冷房のない教室。ユーフォを吹いている鳴海の頬はほんのり赤く、額と鼻の頭には汗がにじんでいた。
(夏だなぁ)