▼ 連と弾
「ねえねえ弾きゅん! プール行こうプール!」
ノックもなしに突然部屋に入ってきたかと思えば、目を輝かせながら犬のように自分めがけて駆け寄ってきたのは兄の連。足の踏み場がほとんどない自分の部屋を、よくなにも踏まずにこちらまで来られるなと変なところに感心する。
「プールかぁ、気が乗らないなぁ」
「えーいいじゃんいいじゃん! 行こうよ! 夏だし! 弾きゅんだって行きたいって言ってたじゃん!」
連のことだから、今回もいいよと言うまで粘るのだろう。よっぽどの理由がない限りは首を縦に振るまで粘り続ける。
テレビでプールや海の映像が流れると、あの中に飛び込みたいとは思うのだが、実際に行こうとは思わなかった。
「泳げなくたっていいじゃん! うきわならいくらでもふくらませてあげるし!」
まず、弾はかなづちだった。
兄の連とはなにもかも正反対で、弾は頭はいいのだが運動音痴で、連は運動神経はいいが頭は悪かった。
「プールに入らなくても、アイスとかかき氷とか食べてるだけでもいいから! ねー、一緒に行こうよー!」
一生のお願い! と小学生かと突っ込みたくなる台詞を言いながら手を合わせて頭を下げる連のタンクトップから覗いている、程よく筋肉のついた胸板。
体格も対照的で、連は高身長、弾は低身長。連は全体的に筋肉がついてしまっているのに比べて、弾は目に見えて筋肉はほとんどついておらず、華奢な体つきだった。顔もきりっとして時々年齢より上に間違われる連とは正反対に、弾は童顔で年相応に見られないことが多く、親戚には何歳になってもかわいいと言われ続けている。並ぶと容姿の違いが際立つため、気が乗らなかった。
「たまには息抜きにどっかに行こうよー。せっかくの休みなんだし、せんせーも遊べって言ってたしさあ」
吹奏楽コンクールも一段落し、久しぶりに与えられたオフ。遊ぶことも大事だから思う存分遊んでこいと、ななちゃん先生こと観田先生が何度も言っていた。
「まあ確かに息抜きは大事だよね」
「やったっ!」
直接イエスとは言わなくても、分かってくれるあたりやはり兄弟だ。
家にいても、部屋を片付けろと親に叱られるだけだし、暇さえあれば楽器を吹いたり研究をしている弾でも、楽器に触らないで息抜きをしたい日だってある。たまたまそんな気分だっただけだ。