▼ 鳴海×律(大学生)
俺の部屋にはクーラーがない。おまけにめちゃくちゃこもるから夏は人を呼べない。俺自身何度か部屋の中で熱中症になりかけたからな。
とはいえクーラーのあるりっちゃんの部屋に入り浸ってるのも申し訳ないし、俺の部屋に来たいって言われたら断れない。俺の部屋に来ておもしろいのかどうかわかんないけど。暑いし狭いし散らかってるし。
「扇風機しかなくてほんとにごめん……」
「なんで? 節電になっていいじゃない」
うちわで扇いでるりっちゃんのおでことか鼻には汗がにじんでて、気ィ遣ってくれてるのが分かる。
窓は完全に開けてるけど風は大して入ってこない。さっき出したばかりの麦茶は氷がもうほとんど溶けていた。テーブルの上に水たまりができてる。
「それに僕、扇風機好きだし。扇風機に向かって『あー』って声出すの好きなんだよね」
「あー俺もよくやる! 今でもよくやるわ!」
「僕も僕も。楽しいよね」
扇風機に向かってしゃべるの、誰もがやるよな!
りっちゃんがやってるとこ、想像しただけでかわいい。
「子どもっぽいって笑われるかと思った」
そんなこと思うわけがない。だって絶対かわいいじゃん?
扇風機でなびく髪、垣間見えるおでこ、閉じた瞳に伏せられたまつ毛、風ではためくシャツ。想像しただけでやばい。
「やってもいい?」
「い、いいよ! もちろん!」
「ありがと」
そんなの、許可なんか取らなくてもいいのに。
早速りっちゃんは扇風機に向かうと「あー!」と声を出し始める。そして笑うりっちゃんを見てたら俺もやりたくなって、隣に並んで一緒に声を出す。いつも何気なくやってることなのに、りっちゃんと一緒だとなんかおかしくて。
扇風機にしゃべりかけて小一時間を過ごした、ある夏の日の話。