▼ 音哉と奏斗
この曲やってみたいな、と何気なく言うと奏斗がチューバ用に楽譜を作ってくれたりする。
自分でもある程度は耳コピできるし、他の楽器の楽譜を移調したりっていうのもできるようになったから、自分でも作れなくはないんだけど。奏斗の仕事の速さはとにかくすごい。
言ったら奏斗が作ってくれるだろうと思って言ってるわけじゃない。テレビを見ててなんとなく気に入った曲とか、耳に残ってる曲を何気なく会話の中でやってみたいって言うといつの間にか奏斗が楽譜を作ってくる。
何気なく言っただけとはいえ、楽譜を作ってくれて、俺が吹いてるのを聞きたいって言われたら吹くしかない。やってみたいって言ったのはそもそも俺だし。
せっかく奏斗が時間を割いて作ってくれた楽譜、すっごい嬉しいしありがたい……んだけど。
奏斗が楽譜を書く時は決まって手書きだった。その方がはやいから、とのこと。
奏斗お手製の楽譜は殴り書きもいいとこで、合奏中に先生に言われたことを走り書きしてあとから分からなくなるような、暗号に近かった。読めなくはないけど、手書き風フォントで印刷された楽譜の方がまだ読みやすかった。あれも読めねーよってほどじゃないけど読みにくいってみんなも言ってた。
ソフトを使ってるわけじゃないから、たまにはミスもある。休符が少なかったりとか。
奏斗が間違ってるのか、それとも俺が読み間違えたのか。あんまりないけどたまにあってその時はすごい悩む。
「お前の書く楽譜、汚くて読めないんですけど」
「どこが? まあ音哉に早くやって欲しくてテンション上がってちょっと走り書きになっちゃったけど」
「……ちょっと?」
そりゃー書いた本人は読めるだろうよ。……多分。奏斗はチューバ吹かないからあとから見ることはほとんどないけど。
「せっかく作ったんだから感謝しろよな! やりやすいようにアレンジだってしてやってるんだから!」
「はいはい感謝してるよ」
「ほんとに?」
奏斗のアレンジは好きだし、吹きやすいようにしてくれてるんだなってのも実際吹いてみると分かるけど、どっちかというと自分好みにアレンジしてる方が大きいと思う。奏斗だし。
原曲とはちょっと違う、奏斗の独自のアレンジに苦戦しながらも、やってみたい曲をやるっていうのは楽しいし、俺が吹いてるところをにこにこ笑いながら見てる奏斗を見てると、自然と顔が緩んでる。