SSS置き場 | ナノ


 舞と拓人

「はやく引退したいなー」

ため息交じりに呟かれた舞の台詞に、拓人は小節番号を振っていた手を止めて顔を上げる。舞は両手で頬杖をつき、黒板の上の時計を険しい顔で半ばにらみつけていた。

「昨日は引退したくないって言ってたなかったか?」
「言ってたけどさー、でもさー」

そこで一度切ると、再び大きなため息をこぼす。

「後輩が上手すぎて自分の存在価値がないというか……」
「二年生は上手い奴多いよな。気持ちは分かる」

二年生の中には、超強豪校出身の者もいたりする。それなのになぜわざわざ田舎の、強豪校と呼ぶには少し足らないここを選んだのかは気になるところではあるが。

パーカッションの二年生は、それぞれ得意な楽器にはかなり特化していた。
打楽器と一言でいってもその数は数えきれないほどあるし、楽器が違えば奏法も異なる。スネアとティンパニは二本のスティック、またはマレットでヘッドを叩くのは一緒だが、奏法や必要なテクニックは大きく異なる。

「あたしはどれも一応できるっちゃできるけど、どれも得意ってわけじゃないし」
「俺から見ればどの楽器もできるってすごいことだと思うぞ」
「中途半端なだけじゃん」
「……そう言うなよ」

今日の舞はなぜかやけに卑屈だった。

「打楽器のことはよく分からないけど、菊池はパーカスに向いてると思うぞ、俺は」
「え? なんで?」
「楽器の片付けや運搬の時に指示を出しながら自分も動くって、なかなかできることじゃないし」

数の多い打楽器は、管楽器と比べると準備と片付け、出し入れにどうしても時間がかかる。
自分の楽器を片付け終えた大抵の人は、指示があろうがなかろうがその後自然と打楽器の片付けを手伝うのだが、毎日間近にあって目にしていても触れたことのない楽器だから、どう扱っていいかさっぱり分からない。
このスタンドはどうやってたたむのか、たたんだスタンドはどこにしまえばいいのかと次から次へと投げかけられる質問に答えながら、自分も手を動かし、なおかつ変な楽器の運び方などをしている人がいれば、目ざとく見つけて注意もする。それが舞だった。

「あれは俺には絶対できないな」
「ティンパニのフープ持って運ぼうとしてるのは注意しなきゃダメでしょー」
「それはそうだけど。菊池はリーダーとか向いてるってみんな言ってるし、俺も見ててそう思うし、部長になればよかったのに」

頭に血が上りやすくて、そうなると周りが見えなくなる時もあるけれど、という短所は今は言わずに胸にしまっておく。それさえ除けば人をまとめる能力には長けている、と拓人は思っている。

「やだよ部長は。副部長だってほんとはやりたくなかったのに……。そーいう千鳥がなればよかったじゃん」
「俺はコンマスだからな」
「あたしは部長とか委員長とかリーダーとかはやりたくないの。なんかあった時に責任とるのいやだからね」
「そういう理由か」

拓人も分からなくはなかった。

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