▼ 笙子と弾と芹沢と詩宇
「んーじゃあー、いつも通り、アルトが茅ヶ崎弟芹沢、テナーが自分で、バリトンが江藤ちゃんでおっけー?」
弾くんがもらってきた楽譜を一秒かからずで流し見した柏木先輩がそう尋ねると、隣の弾くん以外からは間延びした「はぁい」という返事が上がった。
「なんだ、茅ヶ崎弟ー? 不満かー? おいしいのはアルトだぞー?」
「……まあそうですけど」
それを否定しないのが弾くんらしい。弾くんを物理的にいじりたい柏木先輩を上手くかわしながら、弾くんは続ける。
「たまにはアルトがぼくと柏木先輩でもいいかなって思って」
「なんだ茅ヶ崎弟! デレか! デレ期なのか!」
「……だから、違いますって」
とうとう柏木先輩につかまってしまった弾くんが、先輩の腕の中から苦しそうに上目遣いで必死に抵抗する。しかし弾くんも手加減しているからか、はたまたその身長差からか、なかなか逃れられないようだ。
アルトがおれと弾くん――間違えた、弾くんとおれなのは、特にこれといって意味はなかったりする。なんとなく、こう、弾くんだからおれ、みたいな。そんな感じなのかな? まあおれは1stじゃなければいいからいいんだけど。
「照れんなってー! 茅ヶ崎弟ー! かわいい奴めー!」
「……ていうか先輩はないんですか?」
「ないって、何が?」
「先輩なんだから勝手においしいところ持っていけるでしょうに」
観念したのか、弾くんは抵抗をやめて大人しくなった。弾くんもあきらめるのがだんだん早くなってきたなぁ。
それをいいことに柏木先輩は弾くんを抱きしめ? 羽交い絞め? してるけど、吹部じゃない人が見たらちょっと誤解を招きそうだなぁ、なんて。
「んー、あたしは別に……っていうか、後輩たちが好きなのを好きなよーにのびのび吹いてくれればそれでいいっていうかー、んーまあ、そんな感じー?」
「先輩がのぞむならいつでも受けて立ちますけどね」
「最初から譲る気なんてないんじゃないかこのー! こいつめー!」
「譲るとは一言も言ってませんし」
そんなあまのじゃくな弾くんをかわいがってくれるのは、おそらく柏木先輩くらいだろうなぁ。かわいがれるのもね。