SSS置き場 | ナノ


 芹沢と詩宇と弾

「江藤さん、出ておいでー」
「江藤さんはいませんー」
「……そこにいるのバレバレだから」

 弾が呆れたようにそう言うと、うーと唇を尖らせながら、バリトンサックスのケースを抱えた詩宇が、カーテンからその姿を現した。

「別に怒ってないから」
「ほんとーですかぁ?」
「本当だよ」
「あは、相変わらず説得力がないなぁ弾くんは」

 くるり、詩宇に背中を向けながら言う弾に芹沢が余計なツッコミを入れれば、すかさず肘鉄が芹沢を襲う。

 弾は高校二年生ながらその高圧的な態度と雰囲気、そしてそんな言動にも負けない演奏技術から距離を置く人が多いが、サックスは物腰が柔らかく目立つことが苦手な芹沢有亜と、同じくソロには興味がなくバリトンサックスを好む詩宇とで上手く関係はできていた。
 しかしそんな詩宇もとうとう弾を恐れるようになった――と見せかけて、マイペースな詩宇がただ一度の出来事でそうなるわけはなかった。怒ってない、と弾も言っていたので、もう立ち直ったようだ。

 何があったのかというと、時間はおよそ一時間ほど前にさかのぼる。

 午前中の練習中、昼休みに入る直前に初見大会があったのだ。この初見大会というのは抜き打ちテストのような感覚で時折この調辺高吹奏楽部で行われている。

 ちなみに"初見"というのは、楽譜を渡されてすぐに演奏を行うことで、もちろん譜読みや練習はせずに行われるので、抜き打ちテストよりも質が悪いといえばそうだろう。

「さすがちがちゃん先輩ですー」

 そこでも楽譜通りの演奏をしてみせた弾と、時折迷子になりつつもなんとか最後まで駆け抜けた芹沢、そして途中完全に落ちた詩宇。そのことで、パートリーダーであり、完璧主義の弾を怒らせてしまったのでは、と詩宇は心配していたのだ。それで冒頭のいないふりにつながる。

「せりちゃん先輩もさすがでしたー」
「いやいや、おれは途中落ちたしねー。江藤さんもよく頑張ったよ」
「えへへありがとですー」
「いいから午後の練習始めるよ」
「はぁい」

 詩宇の頭をなでる芹沢を横目に弾が告げる。午後はセクション練習からの合奏だ。

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