SSS置き場 | ナノ


 奏斗と音哉

楽器を持ったままきょろきょろとなにかを探している音哉の顔がぱっと明るくなった。なにを見つけたのだろうかと視線の先を追いかけてみると、人混みをかき分けてこちらに向かってくる、奏斗もよく知った一人の女性の姿が見えた。

「母さん! 父さん!」

家族を呼ぶ幼馴染の嬉しそうな声色に、奏斗の表情もゆるんだ。目が合った音哉の両親に軽く会釈をすると、一度床に置いたスネアドラムを持ってそっとその場を後にする。せっかくの家族水入らずの時間を、他人の自分が邪魔してはいけない。

少し離れて振り返ると、人混みの向こうに笑顔の音哉と両親が見えた。音哉は自分と違ってあまり表情を表に出さないタイプで、それでも隣にいる時間が多いから何度か笑顔も見たことはあるけれど、あんなにきらきらとした笑顔を見たことはおそらく今までになかったと思う。

音哉の両親は仕事が忙しく、こういった行事に来てくれることはほとんどなかった。小学校時代の運動会や学芸会、中学校に入ってからも文化祭や吹奏楽コンクールなど、音哉の両親が来ているのを見たことは片手で数えられるくらいしかなかった。
だからこうして今日の定期演奏会に、しかも両親そろって来てくれたのがとても嬉しいのだろう。今日の音哉は珍しくそわそわして落ち着かない様子だった。そんな音哉を見て奏斗はからかっていた。

奏斗の両親も見に来るからとは何ヶ月も前から言っていた。あの人混みを探せばきっとまだどこかにいるのだろう。
奏斗の両親は音哉の両親とは違って行事があるたびにほぼ毎回見に来てくれていた。音哉以外にも仕事やいろいろな事情があって親が来られない家庭はたくさんあるから、こんなことを言うのは贅沢だし最低だとも自分でも思うけれど、特に部活に関する行事に両親が来ることに関してはよく思っていなかった。正直、来ないで欲しいとさえ思っていた。

奏斗は勉強にしろスポーツにしろ、可もなく不可もなくといった至って平凡な成績だ。テストだっていい点数やいい順位を取ったことはないし、部活を除く様々な大会やコンクールで優秀な成績を収めて表彰されるといったこともなかった。だからそもそも褒められるところがないというのは分かっている。
しかし唯一音楽に関しては並外れた才能を持っており、それを開花させているが、それはそういう家に生まれたから。
音楽を仕事にしている人たちばかりの家に生まれたからこそ、それは猫柳家では普通のこと。同世代と比べて突出していたとしても、長年音楽に携わりそれを職業にしている親族から見れば、まだまだ粗削りだ。

ゆえに奏斗は吹奏楽においては、家族に純粋に褒められたことがあまりなかった。

テストでいい点数を取って褒められるのはもちろん嬉しい。賞状をもらって帰ると褒めてくれるのも、もちろん嬉しい。
大好きなことを褒められたら、もっと嬉しい。何倍も嬉しい。


せっかく両親が来てくれたのだから、家族水入らずの時間を過ごして欲しい。
そんな思いであの場を離れたということもあるけれど、真っ先に言われるであろう「演奏良かったよ」「すごかったよ」の一言を聞きたくなかったのが本音だった。

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