SSS置き場 | ナノ


 カノンと朔楽

「ねね、鳩村センパイ、あの曲やりません?」

 突然すぎて声も出なかった。乱雑に置かれた椅子を適当に一個引いて、僕の前に持ってきて、そこに腰を下ろして僕の名前を呼ぶまで、本当に一瞬だった。

「なんて顔してるの」

 きょとん、というか、間抜けな表情をしているであろう、僕の顎をくいっと持ち上げたのはオーボエの新宮くん。それで現実に戻ってあたふたと距離をとる。……同じ男でも、新宮くんの外国人混じりの笑顔を見るとどきっとしてしまう。そしてそんな新宮くんは、男を口説くのが趣味であって。って今はそんな話はどうでもよくて。

「あ、あの曲? ……って?」
「ほら、今やってる映画の。鳩村センパイも見たんでしょ?」

 ああ、あの曲か。というか新宮くん、よく知ってるな……。今日の朝、楽器の準備をしながら楠瀬くんと少し話をしただけなんだけど、聞かれてたのかな。

「さ、最初しか分からないけど……ていうか、僕なんかでいいの……?」
「センパイがいいんですよ」

 あいかわらず新宮くんは口説き上手だなぁ……。こんな僕でさえ一度本気で口説かれたことがある。……あ、新宮くんは男を口説くのは本気ではなくて、趣味みたいなものらしい。とりあえず吹奏楽部の男子は一度は口説かれてるんじゃないかな、ってまたまたそんな話は今はさておき。

 早速楽器を構えた新宮くんを見て、僕も楽器を構えて息を入れる。僕が準備し終えたのを見て、新宮くんがオーボエを吹き始める。そのきれいな音色に耳を傾けてる余裕はなくて、追いかけるように同じ旋律を繰り返す。新宮くんのオーボエに、僕のフルートがこたえるように。

「Grazie,Bravissimo!!」

 気が付いたら演奏は終わってて、新宮くんの拍手につられて周りからも拍手が沸き起こる。照れくさくて、僕は頭を下げることしかできなかった。でも、顔は我慢しきれずに笑ってたと思う。上手くこたえられてたか分からないけど、ユニゾンの部分とか、めちゃくちゃ楽しかったんだ。

「さすが新宮くんだね、オーボエの音色に聞き惚れてたら終わってたよ」
「鳩村センパイもBravoでしたよ。それではまた」

 ひらりと手を振って新宮くんは去っていった。

 ……いつだったか、千鳥先輩が、「悔しいけど実力は認める」って言ってたけど、本当、あの実力はうらやましい。オーボエって世界一難しい木管楽器なのに、あんな吹きこなせちゃうなんて。






「リズと青い鳥」より第3楽章「愛ゆえの決断」冒頭部分

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