▼ 奏斗と理澄
「突然だけど小虎、お願いがあるんだけど!」
急に猫柳先輩がホルンのパート練習の教室に入ってきて、またホルンでも吹きに来たのかなと思ったら、まっすぐおれのもとにやって来て突然頭を下げられた。両手をぱちんと鳴らして、小学生がよく言う「一生のお願い」をするみたいに。
「なんですか?」
とりあえずお願いの内容を聞いてみると、おそるおそるといった感じで猫柳先輩は顔を上げて片目を開けた。猫柳先輩の身長はともかくとして、おれが椅子に座ってるにも関わらず先輩は土下座に近い体勢だから自然と上目遣いになる。
猫柳先輩は誰とでもすぐ打ち解けられるっていうか、コミュニケーション能力が高いと勝手に思ってるけど、先輩は二年、おれは一年。おまけにパートはパーカスとホルン。時々ホルンを吹きに遊びに来ることはあるけど、あいさつくらいしかしないし、接点薄いから話しにくいのかな。ていうかおれも急に話しかけられた時かなりびっくりしたしね。
「あのさ、今お茶のおまけでヘ音ねことト音うさぎがついてくるじゃん?」
「ああ、ついてますね」
ヘ音ねことト音うさぎっていうのは、音符をモチーフにしたねことうさぎのマスコットキャラクターで、音楽モチーフってことで吹部内で男女問わずなにかしらグッズを持ってたりする人は多かったりする。そんなおれも特にヘ音ねこが好きで集めてる。もちろんそのおまけも。
「俺みけが欲しいんだけど、なかなか出なくてさ。で、小虎がみけ持ってるって和希から聞いて、よかったら俺のちゃとらと交換してくれないかなって……」
思わず立ち上がりそうになった。だって、願ってもない話だったから。おれは猫柳先輩と逆で、ちゃとらが欲しいのになかなか出なかった。ランダムなんだよね、あれ。
「全然かまいませんよ。むしろおれ、ちゃとら欲しかったのでうれしいです」
「ほんと? やったー! じゃあこれ!」
猫柳先輩から手渡されたちゃとらのストラップと交換に、朝当たったみけのストラップを渡す。終始様子を見ていたらしい倉鹿野先輩に、「よかったね」と言われて、猫柳先輩と「はい!」という声がハモった。