「これ去年やることになってたら発狂してたな……」
「めんどくさいですよねー」

　長いワンフレーズを吹き終えて、思わず漏れた独り言に結歌子ちゃんが賛同してくれてなんだかほっとする。

　クラリネットの初心者の壁、ラからシへの指。ラは左手の親指と人差し指だけなんだけど、シは右手の親指の支え以外の全部の指を使う。指もだし、息だってコントロールの仕方が変わる。去年クラになっちゃった時はなかなかスムーズにスケールが吹けなくて、むしゃくしゃしてたっけ。今じゃなつかしい思い出だけど、ラ以下の音からシ以上の音が繋がってる楽譜を見ると、どうしても苦手意識が、ね。

　あと上手くいかなかったことといえば、高いソ以上の音。出たには出たんだけど、ソとラの違いが全然なくて、自分でもそれは分かって、思わず笑っちゃったっけ。おまけに音もすーごいひどかったし。まああの頃はどの音もひどかったけど。かといって今の音がいい音なのかは分からない。というか、そこは追求していったら終わりがないんじゃないかと思う。でも、千鳥先輩や新宮くん、結歌子ちゃんにいろはちゃんは中学からやってるだけあっていい音してるなーとは思う。後輩に負けてられないなーと思う反面、高校から始めたんだから追いつけるわけがないよねー、と思ってる自分もいたりするわけで……。

「シが♭なのがせめてもの救いかなー、なんて」
「やっぱりリコ先輩も苦労したんですね……例の壁」
「ええそりゃあもちろん」

　……けどまあ、あの頃から比べたら、音も技術も進化してるのは事実だよね。前向きにとらえよう。





ジャパニーズグラフィティ�Y〜日本レコード大賞 青春の'70年代〜より「魅せられて」イントロ部分