SSS置き場 | ナノ


 拓人とカノン

「どうだった? オレの演奏」

花束を渡した後、にっこりと笑いながらカノンは聞く。カノンの笑顔から目を反らし、少し思案した後に「よかったよ」と素直な感想を述べると、カノンの表情がぱっと明るくなる。

拍手の中で聞こえたオーボエの旋律。しっかりと拓人の耳に届いていた。

「兄さんのために真面目に練習したんだよ」
「いつも真面目にやれ」
「いつも以上に頑張ったんだって」

笑みを浮かべるその顔は、やはり整っていて腹が立つ。

オーボエという楽器を吹いている以上、楽器を吹いているよりもリードを削っている時間の方が長いのは仕方のないことだ。音がしないと思ってこっそり教室を覗けば、自分以外誰もいないのをいいことにサボっていることも何度かあったが、ほとんどはその日に合わせてリードを調整していた。
身内ゆえにあまりカノンの容姿についてどうこう思うことや言うことはあまりなかったが、リードを削っている最中の横顔だけはきれいだと思ったことはある。元々整った顔立ちをしているというのもあるが、楽器に対しての熱意が感じられて見惚れてしまったことも何度かある。

「兄さんと一緒に演奏できなくなるの、寂しいな」
「同じ家に住んでるんだからこれからもできるだろ」
「そうだけど、兄さん引っ越しちゃうでしょ。だからいつでもはできないよ」
「引っ越すって言ってもそう遠くないところだし、夏休みとか正月には帰ってくるんだから」
「そうだね。じゃ、それまでにもっと上手くなっておかないと。久しぶりに聞いて兄さんがびっくりするくらい。なかなか褒めてくれない兄さんが褒めてくれるくらい」

カノンのことを心の中では認めていたが、面と向かって褒めたことは一度あるかないかくらいだ。調子に乗るのが目に見えていたから、あまり言いたくなかった。

「……今でも充分すごいと思うけどな」
「えっ? ほんと?」
「楽器に対する熱意はな」
「えー、演奏は褒めてくれないの?」
「さっき褒めただろ」

最後くらい、とはいっても同じ家に住んでいるのだから、もうしばしカノンと顔を合わせなくてはいけないが、素直に褒めてやろうと思ったものの、本人を目の前にするとやはりすんなりとは出てくれない。

「……寂しい、なぁ」
「ん? なにか言った?」
「なんでも。それよりさっさと花束渡してきた方がいいんじゃないか?」
「そうだね」

花束を抱えて人混みに紛れていくカノンの背中を、見失うまで拓人は追っていた。

ぽつり、無意識にこぼれた本音は聞こえていなかったようで安心したような、聞いて欲しかったような。
声が掠れていたのも、かすかに濡れていたのも、震えていたのも。気付かなかったのか、それとも珍しく気をきかせて気付かないふりをしてくれたのか。

陽射しが眩しくて目を細めると、じんわりと視界がぼやけた。

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