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 千鳥といろは

 放課後、音楽室に向かう途中、突然階段からわらわらと人が下りてきた。邪魔にならないように端に退けて、人が通り過ぎるのを待つ。音楽室はこの階段を上がってすぐだから、遠回りするほうが時間がかかるだろうしな。かといってただぼーっと待ってるのも暇だから、ニュースでもチェックしようとポケットからスマホを取り出す。何か気になる見出しはないかと探していてふと、メールが来ていたことに気付く。

 差出人は橘で、用事があるから今日の部活は休むといった内容だったが、一応先輩相手の業務連絡にふんだんに絵文字を使うのはどうなんだ――と思ったけど、そこが俺が堅いと言われる原因なんだろうな。女子高校生らしくていいじゃあないか。

 そういえば、熊谷も今日は進路関係で遅れると言っていた。そこで俺は気付く。……今日の個人練習は柑本と二人きりか……。
 言っておくが、決して柑本のことが嫌いというわけではないし、柑本は女だけど変に意識しているわけでもない。ただ……少し、その、苦手だったりする。
 いや、苦手とも少し違うな。大人しすぎるし、表情が少なくてつかめなくて、どう接すればいいか分からないというか、なんというか。

 それと、柑本は口数が少ない――というより、言葉が少なすぎて、橘がいないと言っていることが理解できない時がある。だから話す時は今でも毎度緊張する。
 「サックス」の四文字から「ここはサックスと掛け合いになっているから、サックスをよく聞いたほうがいい」という情報を読み取ることなんて普通できないだろ? それを通訳してくれるのが橘。いつも思うけど、橘は一体何者なんだ……。

 そうこうしているうちに、いつの間にか周囲は静かになっていて、喧騒を背中に聞きながら、なんとなく重くなった気がする足で階段を上る。

 音楽室のドアは開いていたが、中には誰もいなかった。トイレにでも行っているのか、それとも準備室に楽器を取りに行っているのか。
 なんにせよ、まずはハモデを準備せねばと準備室に向かうと、奥のほう――クラリネットの棚の前に柑本がいて、危うくハモデを落とすところだった。柑本は小柄だから、入ってきた時にはいることに気付かなくて。

「こんにちは」
「あ、あぁ……こんにちは。早いな」

 驚いて固まっている俺に、柑本は表情を一切変えずにこちらを真っ直ぐ見つめる。若干挙動不審になりつつそう返したら、柑本は軽く頭を下げて準備室を出て行った。

「今日の練習場所、クラは社会科準備室なんだが、今日は俺と柑本だけで、俺は源内先生に話があって少し遅れて行くから、先に行って練習しててくれ」
「分かりました」

 ……普段の俺って、こんなしゃべり方だったっけか。

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