▼ 弾と芹沢
「ねえ有亜くん、定演のアンサンブルなんだけど、テナーとバリサクどっちがいい?」
昼休み、弾くんからその話を振られた時、おれは突然のことにメロンパンにかじりついた状態で固まった。どのくらいその状態でいたかは分かんないけど、弾くんの不機嫌そうな「ねえ」という声が聞こえて、ちょっと乱暴に体を揺さぶられて、はっと我に返った。
「あ、ごめんごめん……。で、なんだっけ?」
「だから、アンサンブルでテナーとバリサクどっちがやりたいかって聞いてるの」
「……それ、すぐに決めないとダメ?」
すぐに決められないのは、楽譜を見たり曲を聞いてから決めたかったからってのもあるけど、気持ちの整理が急にはつかないからっていうのが大きい。
「別にすぐじゃなくてもいいけど。でもアルトはゆずらないからね」
「うん。テナーかバリサクね」
その気はまったくないから安心してね。おそらくアルトにソロでもあるんだろう。もしかしたらテナーとバリサクにもあるのかもしれないけど、一番目立つところは持っていってくれたほうがおれはうれしい。弾くんだから絶対そうするだろうし。
「っていうか、有亜くん的には、木管アンサンブルとサックスアンサンブル、どっちがいい?」
「……おれはどっちでもいいよ」
「そう言うと思った」
弾くんがこっちに振り返って目を合わせながら聞いてきたから、緩みそうになった顔の筋肉をどうにか普通に保つのに必死になるあまり、声が震えてたかもしれない。弾くんが何も言わなかったから、顔はいつも通りだったと思いたい。
「ぼく的にはサックスアンサンブルやりたかったけど、去年やったしね。それに木管やったことないからやってみたいし」
いつものおれなら諦めがついたのかな、とでも思うけど、今はちょっと自惚れてもいいかな。
去年も定演でアンサンブルをやったんだけど、去年はサックスアンサンブルをやることになってて、おれを数に入れるのを弾くんは嫌そうにしてたんだよね。だっておれ、中学はクラだったから。同じシングルリードだから音は出るし、運指もリコーダーとほぼ一緒だから覚えるのは早かったんだけど、音がサックスの音じゃなかったからね。実力の差を差し引いても、弾くんが嫌そうにした理由はこれが大きいと思う。おれがさっき固まった理由はこれ。
サックスって、音を出すのと運指は割と簡単なんだけど、アルトサックスらしい音やテナーサックスらしい音になるまでが長い。
弾くんはポーカーフェイスだから、内心嫌でも顔に出してないだけなのかもしれないけど、弾くんから普通にその話を切り出してくれたってことは、ちょっとは音がそれらしくなったって思っちゃってもいいのかなって。一緒にアンサンブルやってやってもいいよ、そう思ってくれたんだったらうれしいけど、実際どうかな。