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 朔楽(と鴨部)

先生が指揮棒を構えたのを見て、楽器を構える。凍えた体育館に響く拍手の中に、ゆったりとしたバラードが最初はピアノから始まる。三年生の先輩たちがきれいに列を組んで入ってくるのが視界の端で見えた。
一度はじまってしまった曲は止まることはない。入ってくる列が途絶えるまでは。曲が終わり、また同じ曲がループする。
いつもより指が回らないのは、体育館が寒いせい。朝早くからストーブを入れてくれてたらしいけど、ないよりはましなんだろうけどそれでも寒かった。

そろそろ終わるだろうか、かじかんだ指を動かすのに必死で曲の中盤くらいから見ていなかった列の方へちらりと目をやる。運が悪かったのか、それともラッキーだったのか。
ちょうど自分から見える一番端を先輩は歩いていた。こちらには目もくれず、生徒たちの席より、保護者の席より、前に並べられた席へ。
不意に視界がぼやけて、音を外してしまった。メロディじゃないだけましだけど、楽器の音色と音域上やっぱり目立つものは目立つ。フルートを吹いているのが僕一人だから余計に目立っただろう。
これから、といっても、来月になれば新入生が入ってくるから、一ヶ月と少しの間だけだけど、僕一人で頑張らなきゃならないから。

今、フルートでメロディを奏でているのは僕一人だから。鴨部先輩はあんまり部活に来なかった。来なかった日の方が多いかもしれない。だから鴨部先輩のことはよく分からないし、思い出もあんまりない。
けれど、いろいろなことを教えてもらって、少ない時間でも一緒に過ごした、僕にとってはかけがえのない人だから、明日から鴨部先輩は学校にいないんだと、そう思うとやっぱり悲しくて、指が回らなくて、楽譜が見えなかった。

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