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 弾と芹沢

「十分休憩ののち、三時半から練習を再開する!」

 源内先生が指示をし終えるかし終えないうちに、休憩と聞いた弾はサックスをスタンドに置いてさっさと舞台袖に引っ込んだ。そして自分のタオルとペットボトルを掴むと、崩れ落ちるようにして地べたに座り込む。ぜえぜえと肩で息をして苦しそうに歪んだ弾の顔には、汗で髪の毛が張り付いていた。

「飲み物買ってこようか? おれもなくなったから買いに行こうと思ってたから」

 芹沢が尋ねると、弾は弱々しく頷いた。あぐらをかいてぐったりと項垂れる弾は、誰が見ても相当疲れていた。しかし今日の練習時間はまだ残っている。

 飲み物を求めて芹沢が廊下へ一歩出ると、空気がひんやりとしていてかすかに鳥肌が立ったのが分かった。ステージの上では半袖でも暑いくらいだが、外はそうでもないらしい。

 飲み物が欲しかったのは本当だが、正直なところ芹沢も体力はあまり残っていなかった。十分しか与えられなかった短い休憩時間を、少しでも体力を回復させるために何もしないでゆっくりしていたかったが、喉の渇きも限界だった。家から持ってきた水筒の中身はとうに飲み干しており、朝、ふとジュースが飲みたくなってここに来る途中コンビニで買った小さなアセロラジュースのペットボトルも、昼食を食べる時にお茶が欲しくなって買ったペットボトルのお茶も、みな飲み干していた。

 自動販売機の取り出し口に落ちてきたペットボトルを取るために屈むことすら非常に面倒くさく感じるほど芹沢も疲れているのは、今日の練習は合奏に加えてステージパフォーマンスの練習も同時に行われているからだった。吹奏楽の演奏では、耳だけでなく目でも楽しんでもらえるように、ポップスなどを演奏する際に曲に合わせてベルアップしたり、歌詞のある曲なら歌を入れてみたり、曲にちなんだコスプレをして踊ったり等、工夫を凝らすことがある。

 もともと弾は人と比べると体力がなく、一曲最初から最後までパフォーマンス込みで通した後は人一倍苦しそうにしていた。しかしどんな動きをしながらでも演奏に狂いがないのがさすがといったところだ。それどころか、目立ちたがりゆえにもっと激しいものにしてくれなどと言うのだから、同じサックスの芹沢にとってはいい迷惑だ。芹沢も弾と比べれば体力はあるが、それも五十歩百歩といったところなので、同じくらいしんどいし、現に芹沢は今すぐ帰りたいがしかし一歩も動きたくないと思っているくらいにはへとへとだ。

「遅いよ」
「ごめんごめん」

 芹沢が舞台袖に戻ってくる頃には、弾は少し元気を取り戻していた。相変わらずしんどそうな顔で地べたにあぐらをかいていたが、普段とそう変わらない弾に戻っていて芹沢は少し安心する。買ってきたミネラルウォーターを手渡すと、早速一気に半分ほど飲み干した。

「今日の練習が終わるまであそこができなかったらあとで練習ね。部活以外の時間で」
「えぇー……それはきついなぁ」
「だったらあと一時間ちょっとでどうにかするしかないね」

 諦めたようにそうだねと言おうとしたところで、休憩時間が終わった。つい十分前までのぐったりした弾はどこへやら、集合の号令がかかるなりすくっと立ち上がった弾の背中を追いかけながら、頑張るぞと芹沢は心の中で気合いを入れる。

 弾は悪くいえば目立ちたがりだが、言い方を変えれば自分で自分の限界を作らないとも言えるから、今日のような弾を見ると、自分も頑張らねばと芹沢は思うのだ。

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