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 熊谷と奏斗

 下校中、不意に聞こえたトランペットの音に熊谷は足を止めた。音の聞こえたほうへ振り返ると、オレンジ色の夕陽が眩しかった。

 夕陽をバックに聞こえてきたこの曲は、1996年アトランタオリンピックのテーマ曲だった「サモン・ザ・ヒーロー(Summon the heroes)」。スター・ウォーズやハリー・ポッターなどの数々の映画音楽で有名な作曲家であり指揮者のジョン・ウィリアムズが、名トランぺッターのティム・モリソンに捧げた曲で、トランペットのソロ・ファンファーレが基調になっている。

 さて、このトランペットの音の主は誰なのか。調辺高吹奏楽部のトランペットといえば、茅ヶ崎連、榎並冴苗、梓山吹の三人だが、連にしてはハイトーンが伸びていなくて苦しいし、冴苗だとすると下の音が安定していないし、かといって山吹の音色とも違う。となれば、中学時代、金管をすべて経験したと言っていた響介だろうか。それとも、熊谷が知らないだけで、他にトランペット経験者がいるのか、もしかしたら吹奏楽部の人間ではない者が、気まぐれに吹いてみたりしているのか。

 音の主が気になって、熊谷の足は自然と音の聞こえるほうへと向かっていた。お腹が空いたから早く帰ろう、つい数分前まではそんなことを考えてさっさと校舎を後にしたのに、熊谷は再び校内へ足を踏み入れた。

 音が遠くなったということは、上の階にいるのだろうか。階段を上っていくと今度は外で聞こえたよりはっきりと聞こえて、三階まで上った時、渡り廊下に音の主はいた。

「なんだ、猫柳くんだったのか」
「ぅえ!? あ、く、熊谷部長……。びっくりしたぁ……」

 気持ち良くトランペットを吹いている音の主――猫柳奏斗の邪魔をするつもりはなかったが、そこにいた予想外の人物に思わず口に出てしまったらしい。

「驚かせてすまなかったね。トランペットの音が聞こえて、誰が吹いているのか気になって来てみたら、それが猫柳くんだったものだから驚いてつい」
「あー……やっぱりペットの音ってめっちゃ聞こえますよね。すみません」
「む? 何を謝ることがあるのかね?」

 奏斗が謝ったのは、パーカッションなのにトランペットを吹いていたことに関してなのだが、なんにせよ熊谷は怒っていないようで奏斗は安心する。中学時代、休憩中に管楽器で遊んでいたら、打楽器なのに勝手に触るなと怒られたことがあって内心びくびくしていた。ちなみにその楽器を使っていた本人に許可はもらったのだが、怒られたのは同じパートの別の人だったので、気持ちは分かるが今でも少しだけ納得がいっていない。

「んー、フルートにしとけばよかったかなぁ」
「猫柳くんは中学でもパーカッションだったと言っていた記憶があるけど、私の記憶違いかな? それとも、違う楽器をやってた時期があったりするのかね?」
「いえ、俺はずっとパーカスです。家族とか親戚がいろんな楽器やってるから、ちょっと触ったことがあるだけで」
「ああ、そういえばそんなことを言っていたね。じゃあ、クラリネットも吹けるのかね?」
「まあ、なんとなくなら……」
「それなら今度私とアンサンブルをやってくれないかね。完全にお遊びでやってみたいんだけど、千鳥くんとやると本気になってしまって息抜きではなくなるからね。たまには私も遊んでみたくてね。……あ、今の話は、千鳥くんには内緒だよ」
「……はい。分かりました」

 今ここにはおそらく自分たち以外誰もいないのに、慌てたように声を潜めて人差し指を立てる熊谷がなんだかおかしくて、アンサンブルの約束が嬉しくて、奏斗は思わずくすりと笑った。

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