▼ 拓人とカノン
「あれ? お前、どうしてクラリネットなんて持ってきたんだ?」
学校まで来てようやく気付いたが、今日カノンはなぜかクラリネットも持ってきていた。もちろんオーボエもある。
カノンはもともとクラリネットをやっていて、Myクラリネットも持っている。も、というのは、普段吹いているオーボエも私物だから。クラリネットもオーボエも、成績が良かったらという条件でそれをクリアして買ってもらったそうだが、ただねだって買ってもらったのではないとはいえ、楽器を二つもぽんと買えるなんて、カノンの家って金持ちなんだな……。羨ましいと思わないこともない。
「兄さん知らないの?」
「何をだ?」
「木管アンサンブルがクラリネットアンサンブルになったこと」
「……は?」
「木管じゃなくて、フルート、クラリネット、サックスでそれぞれアンサンブルをすることになったんだって。サックスはもともと別だけどね」
「そ、そうなのか……」
アンサンブルの練習が始まったのはつい二、三日前。今の段階で変更になってもどうということはないけど、俺が編曲したものだったから、やっぱりどこかおかしいところでもあったのだろうか。昨日合わせてみた感じでは多少変なところはあれど、人前で演奏できないレベルではないとその時は源内先生に言われた……けど、やっぱり素人の編曲だからな――そこまで考えて、ふとあることを思い出した。
「お前……まさか……」
俺が言わんとしていることに気付いたらしいカノンがウインクを飛ばす。……肯定として受け取っていいんだな?
ということは、昨日、先に帰っていいよって言ったのは、図書室に寄るためじゃなくて観田先生に話をつけるためだったんだな? 今日までに返却しなければいけない本があるっていうのは嘘だったんだな?
「だって、兄さんと一緒にクラリネット吹きたかったんだもん」
屈んで上目遣いされても気持ち悪いだけだ。見ろ、この鳥肌。あとその「だもん」っていうのもやめろ。
最近、カノンはよくクラリネットが吹きたいとこぼしていて、先日木管アンサンブルをやることになった時も、クラリネットアンサンブルがいいと不満を漏らしていたから「先生に言え」と言ったんだが、まさか本当に直談判しに行くとはな……。しかも観田先生に言いに行くとは卑怯な奴だ。源内先生に却下されることも時々あるが、ほとんどは観田先生に上手く丸め込まれる。今回もきっとそうなるのだろう。
自分勝手なカノンを怒るべきか、それとも自由すぎる観田先生に呆れるべきか。俺の口から大きなため息がこぼれて、「ため息を吐くと幸せが逃げるよ」なんてカノンに言われたが、幸せじゃないから人間ため息を吐いてしまうわけで、というか今回は誰のせいだと思ってるんだこの野郎。