SSS置き場 | ナノ


 凜と成子

「飽きないの?」
「……飽きないですよ?」

 不意に聞こえた凜の声に、成子はぴたっとトロンボーンを吹くのをやめて、教室の中をきょろきょろ見渡して自分と凜しかいないのを確認した後で、首を傾げながら答えた。思わず体の力が抜けて壁伝いにずるりと崩れ落ちる凜を見て、成子は相変わらずきょとんとした顔でさらに首を傾げる。なぜそんなことを聞くのかとでも言いたそうな表情だ。

「ほんとに?」
「だって基礎練習って大切じゃないですか!」
「そうだけど……」

 基礎練習は確かに大切だが、毎日毎日スケールやリップスラーにロングトーン等、同じことの繰り返しばかりだと大半の人が飽きるだろう。有牛が成子にあげた教則本には練習用の曲が載っているとはいえ、それは曲といっても練習用の曲で、聞いたことのあるフレーズなんかもちろんないし、当たり前だが吹いていて楽しいような曲でもなければ、完璧に吹けたところでできあがるのはわけの分からない曲だ。それでも成子は一生懸命に、時々楽しそうな表情をしているようにも見えるのだから、トロンボーンに一目惚れしたその情熱は本物だ。

「曲吹きたいと思わない? 吹きたくなってこない?」
「考えたことなかったです!」
「あっそう……」

 そんなびっくりしたような顔をされても、ため息しか出てこない。

 凜が中学生だった時、まったく希望していなかったトロンボーンになってなかなか好きになれずにいたが、それでも楽器が吹けることが嬉しくて、だんだんできることが増えていくのがおもしろくて、こっそりトロンボーンソロの楽譜を買ってみたりした。インテンポでは無理でも、当時はまだ出せない音がいくつかあっても、ところどころでつまずいても、なんとなくでも曲の形になるのがとにかく楽しかった。

「基礎練は大事だし、やりたくないって言うなら無理にとは言わないけど、わたしはなんか曲やってみたほうが運指覚えるの早いと思うけどなー」
「そうなんですか?」
「わたしはそうだったってだけだけどね。真面目にやりたいんだったらおすすめできないよ。こんな方法よくないだろうし」
「……でも、羽柴先輩に言われてみたらちょっとやってみたくなったかもです」

 眉間にしわを寄せて、無意味にテンポを刻んでいる机の上のメトロノームとしばらくにらめっこした後、ひらめいたという顔をして成子が吹き始めたのは、童謡のきらきらぼし。まさかの選曲に凜は思わず笑ってしまったが、今まで音楽にあまりなじみのなかった成子が即興で演奏できる曲といえば簡単な童謡くらいなのだろう。
 まだまだ拙さはあるものの、それでも間違わずに最後まで吹き切って満足そうな成子に、凜は拍手を送る。

「今度楽譜貸してあげるよ。ポップスとか有名なクラシックしかないけどね」
「本当ですか!? ありがとうございます!」

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テーマ「人外ファンタジー」
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