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 有牛と凜と山吹

 今日はパーカッションと低音を除いて、パートごとではなく、金管、木管がそれぞれ同じ教室で練習していた。

「そういえば、最近羽柴トランペットやりたかったとかあんまり言わなくなったよね」

 山吹が喉の渇きを覚えてマウスピースから唇を離したのと同時に、気になる話題がふと耳に飛び込んできた。
 決して羽柴に反応したわけではない、と誰に言うわけでもなく山吹は心の中で言い訳する。各々が励む基礎練習の不協和音の中で、数メートル先の会話を耳が拾ってしまったのは、ちょうど集中力が切れたからで、そういえば最近凜がトランペットという単語を口にする機会が前と比べると減ったなと山吹も言われて思ったから。

「トランペットのことが考えられないくらいトロンボーンに夢中になったからとか?」
「……それもあるけど」

 山吹と凜が仲が悪い理由は、凜が強く希望していたのになれなかったトランペットに、山吹がなってしまったから。山吹は希望してトランペットになったわけではない。
 だから山吹はずるい、と凜はことあるごとに持ち出すのだが、それは山吹と喧嘩するためのきっかけでしかないことは、山吹も知っていた。トロンボーンが嫌いな人が、やる気がない人が、練習が終わっても居残りするとは思えない。その横顔はいつだって真剣だ。

「トランペットじゃなくても、クラやりたいって言ったらクラやってるやつにいい顔されないじゃん」
「ああ、吹部ってそういうのあるよね」
「わたしも気持ちは分かるしさ。トランペットやってるやつが急にトロンボーンやりたいとか言ってきたら、『は?』ってなるもん」

 今やっている楽器と違う楽器がやりたいと言うと、そのパートであってもそうでなくても、難色を示す人は多い。そんな些細な一言で拒否反応を示さなくともと思う反面、山吹も気持ちは分かるのだ。興味本位でトランペットをやってみたいと言われるとなぜかあまりいい気はしない。そこそこ親しい奴だったら、話は変わってくるのかもしれないが。

「倉鹿野も同じこと言ってたな」
「あー、倉鹿野って昔金管全部やってんだっけ?」
「そう。それで、ユーフォが吹きたくなったりした時に、なんとなく吹きたいだけだしほぼ独学で中途半端だから、本当に好きでやってる人の前じゃ気が引けて言えないんだって」
「なるほどねー。わたしもそうだなー。ペットは憧れだから一回やってみたいって感じだし」
「でも、一回やってみないことにははじまらないよね。最初は興味本位、好奇心だったとしても、やってみたらはまるかもしれないし。そこでこっちが拒絶して芽を摘んじゃうのってもったいないよね」
「まーね、そーだよね。……有牛のはっきり言えるとこ、ほんと尊敬する」

 有牛の言葉を聞いて、凜が卒業するまでの残り少ない期間、一度くらいならトランペットを貸してあげてもいいかと山吹は自分の中でだんだん気が変わってくるのを感じた。一度くらい吹かせてあげなよ、と冴苗にも何度か言われていて、一度くらいなら、とは何度も思ったのだが、なぜ今までもそれができなかったのかというと、凜は楽器は違えど同じ金管楽器ではあるし、自分をやすやすと超えられたら腹が立つからで、それを思い出した途端、山吹は今回も気が変わったのだった。

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