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 朔楽と芹沢

 さくら、という名前を聞いたら、とっさに女性のイメージを浮かべる人が大半だと思う。僕の名前は新月や一日の意味がある「朔」に音楽の「楽」と書いて「さくら」って読むけど、僕もさくらさんって聞いたら女性かな? って思うし。
 おまけに吹奏楽部でフルートをやっているから、フルートって女性のイメージが強い楽器だし、余計に名前だけ聞くと女性だと思う人が多くて、女性じゃないどころかこんなさえない奴でなんだか申し訳なくなる。

「男でさくらって、おれはかっこいいと思うけど。昔はそうだったかもしれないけど、今は男でさくらも珍しくないんじゃない」

 芹沢くんに名前のことを言われると、罪悪感というか、申し訳なさというか、土下座して謝りたくなる。
 芹沢くんの下の名前は「ありあ」。お腹にいた時に女の子だと思われてて、その時に考えた名前をそのままつけられたらしい。ひらがなだと女の子みたいだから「有亜」って字を当てたんだって。芹沢くんには悪いけど、「ありあ」って聞いたら女の子しか想像できないし、男の人だったらびっくりする。

「『さくらこ』とかならまだしも、『さくら』なら男ですって言っても別になんとも思わないと思うよ。おれはそうだったし」
「そ、そうだね……」
「おれと比べたらましでしょ」

 芹沢くんの言うように、さくらって名前の男の人、僕以外にも知ってるよって言われたことはあるし、好きな漫画のキャラクターにもいるから、男でも別に変な名前じゃないんだよね。

「しかもアリアってイタリア語で空気って意味があるらしいよ」
「そ、そうなんだ。でも、アリアって聞いたら音楽のアリアを思い浮かべる人が多いと思うよ。バッハの『G線上のアリア』とか」
「『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え』とか『誰も寝てはならぬ』とかね。それに英語でアリアはエアっていうし」

 僕も人のことは言えないけど、芹沢くんは息を吐くように自虐するから少し苦手だったりする。同族嫌悪ってやつなのかな……。
 「復讐の炎は」はタイトルからなんとなく想像できるように歌詞の内容がすごいし、歌われる場面も……ね。魔笛っていえば分かるかな。「誰も寝てはならぬ」も「寝たら皆殺しにするぞ!」とかいう台詞があった気がするし……。詳しくないから間違ってたらごめん。

「でも、空気のような存在って、夫婦だといて当たり前の存在って意味もあるし、それに空気がなかったらみんな生きていけないから、悪い意味ばっかりでもないと思うよ。いいほうに考えてみたら?」
「それ朔楽くんに言われたくないんだけど」
「……ごめん」

 そうだよね……。僕なんかにこんなこと言われたくないよね……。

 がっくり項垂れてたら、髪の毛を引っ張られる感触がして、おもむろに顔を上げたら芹沢くんが僕の寝癖で遊んでいた。……怒ってはない……のかな。



※「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」「誰も寝てはならぬ」はオペラ・アリア

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