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 凜と有牛

「あのさー有牛、ハイCを簡単に出すのやめてくれる?」
「だって楽譜にそう書いてあるんだから仕方ないじゃん」

 けろりとした表情で言う有牛を、凜は恨めしそうな表情で見下ろす。有牛の視線の先にある楽譜は、五線譜のさらに上に線が何本も引かれてその上にやっと音符が乗っている箇所が数ヶ所あった。こんな楽譜、凜なら見ただけでうわあと思わず顔をしかめて目をそらす。絶対にやりたくないし、それ以前に無理だ。

「ていうかなんで出るの? おかしくない?」
「なんでって、出るものは出るんだよ」
「うわーむかつく」

 凜も一度だけハイCを出したことはあるが、出したというよりまぐれで出ただけだった。出したい時にそれを出せなければ意味がない。
 無理矢理出そうとするとアンブシュアが崩れるので時々しか挑戦しないが、有牛がいとも簡単にハイCを出すから自分にもできるんじゃないか、なんて思ってしまう。もちろんできるわけがない。

「いつも思うけど、ハイトーンが出せる人がえらいってわけじゃないじゃん」
「そりゃそうだけどさー、やっぱ憧れるじゃん?」
「まあね。でも、ハイBはともかくハイCは滅多にないから、出せたところで使う時がないから意味ないよね」
「うわーむかつくわー」

 有牛が先ほど練習していた高音続きの楽譜は、ネットサーフィンをしていてたまたま見つけたもの。趣味で誰かがトロンボーン用に編曲したものだ。普段、部活で演奏する曲にはそんな高音は滅多に出てこない。

「ハイCまでいくとトランペットが持っていくしね」
「まーそーなるよね。ペットが持ってくよね。……むかついてきたから梓しばいてくる」

 花形楽器であるトランペットに対して、敵対意識のようなものを持っている人がトロンボーンにいると有牛は噂で聞いたことがある。それがまさに羽柴凜。凜の場合は他にも複雑な事情があるのだが、これも含まれている。

「行ってらっしゃい」

 梓こと梓山吹はトランペットの一年生。これが成子だったら同じパートの後輩だしと一応止めたが、山吹は違うパートだし、喧嘩するほどなんとやらと言うが、二人がそれはないと頑なに否定しても周りはそれにしか思えないので止めなかった。

(コミュニケーションって大事だよね。特に先輩後輩は)

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