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 鳴海と奏斗(大学生)

「近々Myユーフォを買おうと思ってるんだけど」
「なんだよお前まだ買ってなかったのかよ!」
「う、うるせえ!」

 手のひらで机をばんと勢いよく叩きながらの奏斗の突っ込みは、仲がいいからこその冗談と悪ふざけではあるが、そういえば鳴海はかなり前からいわゆるMy楽器――鳴海の場合はユーフォニウムを買うと言っていたのを奏斗は思い出す。高校生の頃はアルバイトなんてできなかったし、親にねだってもぽんと買えるような値段ではないから仕方ないとはいえ、自分でお金を稼いである程度好きに使えるようになってから何年になるだろうか。

「そこで相談なんだけど、思い切っていい値段するやつを買うか、それとも少しグレードを落としてお手頃な値段のやつを買うか、お前だったらどっちにする?」
「俺なら両方買う」
「……まあそうなるよな」

 鳴海だって、できることならそうしたい。ユーフォを買うために、時には生活費を削ってみんなに怒られてまで貯金してきたから、もう少し頑張れば両方買えないこともない。踏み切れないのは、突然楽器が壊れたり調子が悪くなったりした時のために貯金を残しておきたいし、新しいマウスピースだって欲しくなるだろうから。何をやるにしたってお金はかかるが、楽器だってそうだ。ユーフォは大好きだが、生活費を削りまくって死にかけたあの思いはもうしたくない。

「高いやつはやっぱりいい音するけど、外で演奏できないの俺嫌だし、野外用に一個欲しいじゃん?」
「そうそう。高いの買うとそうなんだよな」

 もともと外で演奏するのは楽器にはよくないし、その日の天気が穏やかな晴れとも限らない。ものすごく暑い日かもしれないし、ものすごく寒い日かもしれないし、雨が降っている日かもしれないし、風が強い日かもしれない。悪天候の中にいい値段がした楽器を持ち出すなんて、奏斗も鳴海もできないし、思わないし思えない。

「俺のレベル考えると高いやつ買ってもなーって感じだけど、この間試しに吹いたらめちゃくちゃいい音だったんだよなーあのユーフォ……偶然見つけた時は運命だと思ったんだけど」

 音色が好きだから、いい音が鳴るからといって、高いほうを買おうといまひとつ決心がつかないのはそういう理由。だからといって安いほうにするか、ともなれないのは、このチャンスを逃したくないという思いもあるわけで。

「でも、どっち買ったって後悔するっていうか、安いの買えばあとあと高いやつ欲しくなるし、高いの買えば外で吹けるやつ欲しいってあとあと思うんだから、どっち買っても同じだと思うぜ」
「そうなんだよなー! どっち買っても結局悩むんだよな!」

 打楽器も同じで、スティックやマレットは値段が数千円と楽器本体を買うよりも圧倒的に安いが、欲を言えば一曲一曲に合わせて欲しくなる。奏斗はいろいろな演奏会に引っ張りだこで、そのたび新しいスティックを買っては家に大量にあるからといって人に押し付けていたりする。

「やっぱ手頃なやつにすっかなぁ……」
「そんなこと言ってると運命のユーフォたん売れちゃうぞ〜? そしたら後悔するぞ〜」
「お前な! 人がせっかく決心しかけてんのにそうやって悩ませるようなこと言うなよな! 殴るぞ!」
「は? 殴り合いで俺に勝てると思ってるの?」
「……無理だな」

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テーマ「人外ファンタジー」
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