「なあなあ、俺に打楽器教えてくんね？」
「なんだよ急に。ドラムなら教えられるけど、なんで急に打楽器？」

　鳴海は一時期トロンボーンをやっていたこともあるそうだが、鳴海といえばやはりユーフォニウム。楽器にふぉにたんと名前を付けて所構わずその名前を口にしたり、I love ふぉにたんと堂々とどんな相手の前でも言えるくらいには、ユーフォが好き――いや、ユーフォニウムという楽器を愛していた。
　そんな彼が、いきなりユーフォ以外の楽器を教えてほしいと言い出したら、奏斗でなくても驚く。

「理由は不純なんだけどさ……。つーかこれ言ったら怒られそうだけど」
「怒らないから言ってみ？」
「信用ならねえ台詞だな！」

　悪いことをした時に親や先生がこの台詞をよく言うが、正直に言っても結局怒られるのがオチだ。同義語に、テスト前の「全然勉強していない」などが挙げられる。

　もし正直に言って怒られても、もともと打楽器を教えてほしいと思った理由が自分でも不純だと思うくらいだし、その時は仕方ないし、もしかしたら同情してくれる可能性だってある。覚悟を決めて、鳴海は話し始める。

「俺だけ仲間外れにされんの寂しいから……」
「仲間外れ？　そんなのした覚えないけど……してたらごめん」
「そーいう仲間はずれじゃなくてさ、お前とりっちゃんはもともとパーカスじゃん？　で、おとやんもパーカスやってた時期があるって話じゃん」
「うん」

　音哉は中学、高校とずっとチューバをやっているが、中学一年生の吹奏楽コンクールでは奏斗と同じパーカッションで乗っていた。パーカスの人手が足りない時に、他のパートから人を引っ張ってくることは時々ある。
　それにプラス幼馴染で親友の奏斗がパーカスでよく組み立てや片付けの手伝いをしていることもあり、音哉は打楽器の扱いには慣れていた。

「俺だけやったことないから片づけもどうやっていいか分かんなくておろおろ見てるしかできないし、どっかの演奏会に手伝いに行った時も、俺だけ別な仕事任されると寂しいんだよ……」
「あー、言われてみれば。お前だけ一切パーカスの経験ないもんな」
「はっきり言うなよ……」

　奏斗に悪気がないのは分かるが、はっきり言われて鳴海はへこむ。ごちんと鈍い音を立てて机の上に落ちてきた鳴海の頭のつむじを、奏斗は軽く押した。くぐもった声で「ハゲるからやめろ」と突っ込みが飛んできて、奏斗は飲んでいたグレープジュースをあやうく吹き出すところだった。

「打楽器人口が増えるのは大歓迎だけど、それだったら組み立て方とか片付け方だけ覚えればいいんじゃないの？」
「俺今金欠でジュース一本かお菓子一個くらいしかおごれないけど、それでもいい？　教えてくれる？」
「いいよ。本番終わった後に片付け手伝ってくれる人増えると助かるしね。ていうかまだこっちの片付け残ってるのに帰ってく奴ってなんなの？」
「あーなんなんだろうな……ってそういう理由かよ！　俺がかわいそうとかじゃないのかよ！」
「それもあるけど、俺が鳴海だったらって考えると嫌だもん。だから教えてやるよ。でも覚えること多いから覚悟はしておけよな」
「おう！　頼むぜ師匠！」
「師匠ってなんだよ」

　一瞬ですっかり元気を取り戻した鳴海を見て、いつものことながら調子がいいなぁと奏斗は思った。